第70回神戸労働法研究会(その1)
ついに70回となりました。一人目は,北大助教の所浩代さんにゲストで来てもらい,学校法人兵庫医科大学事件(大阪高判平成22年12月17日労判1024号37頁)の報告をしてもらいました。兵庫県に来て報告するということで,わざわざ兵庫県に関係する事件を選んでくれたそうです。お気遣い,ありがとうございます。
事件は,大学病院に医局員として採用されていた医師が,教授選に立候補したことから,上司の教授の怒りを買ってしまい,その後,10年にわたり臨床業務と教育業務からはずされてしまいました。他大学への派遣についても3年ほどでなくなってしまいました。そこで,この医師は,病院および担当教授に対して,違法な差別的処遇を受けたとして,不法行為に基づく損害賠償請求をしたところ,第1審は慰謝料を100万,控訴審は慰謝料を200万円認めました。
この事件を最初見たとき,キャリア権の問題だなと思いました。次のような判示部分があったからです。
「控訴人が大学病院に勤務する医師とはいえ,臨床担当の機会を与えられなければ,医療技術の維持向上及び医学的知識の経験的取得を行うことは極めて困難といわざるを得ず,そのような期間が長期化するほど,臨床経験の不足等から,被控訴人大学病院において昇進したり,他大学ないし他病院等に転出する機会が失われるであろうことは容易に推測されるところ,前記認定説示のとおり,違法な差別的処遇である本件処遇が10年以上という長期に及んだものであったことからすると,控訴人が本件処遇によって受けた精神的苦痛は相当に大きいというべきである。」
ここでは昇進や移籍のことを語っており,こうした労働者のキャリアが保護に値する利益であると述べているように思えるからです。
一方,この事件は,就労請求権に関するという面もありそうです。医師に対して医師としての仕事をさせていないことについて,賃金さえ払っていればよいというのが就労請求権否定説です。否定説でも,仕事の性質上,就労することに特別な利益がある場合や特約がある場合は就労請求権を肯定するということになるのですが,本件のケースでいえば,こうした就労請求権が侵害されたということが,不法行為としての損害賠償を根拠づけるということもありうるかもしれません。
一方,本件での原告の主張は,仕事を与えられないことが人格権侵害であるというものであり,そうなると人事権の濫用の問題ということになりそうです。実際,第1審は,担当教授が,10年間,いっさいこの医師に臨床を担当させなかったことは,裁量の逸脱であると判断しています。一方,控訴審では,「控訴人は,被控訴人大学病院に赴任するまで15年以上の間,主に勤務医師として働いてきた(複数の病院において耳鼻咽喉科部長として勤務した。)経験を有するのであるから,被控訴人大学としても,そのような控訴人を採用しておきながら,その後において,控訴人が大学病院に勤務する医師としての資質に欠けていると判断したのであれば,控訴人に対し,そのような問題点を具体的に指摘した上でその改善方を促し,一定の合理的な経過観察期間を経過してもなお資質上の問題点について改善が認められない場合は,その旨確認して解雇すべきところ,本件全証拠を検討しても,被控訴人らが,上記のような合理的な経過観察期間を設けた改善指導等を行って,その効果ないし結果を確認したなどの具体的事実は見当たらない。そうすると,被控訴人らは,控訴人に対する具体的な改善指導を行わず,期限の定めのないまま,控訴人をいわば医師の生命ともいうべきすべての臨床担当から外し,その機会を全く与えない状態で雇用を継続したというものであって,およそ正当な雇用形態ということはできず,差別的な意図に基づく処遇であったものと断定せざるを得ない。」と述べています。こうした専門的な仕事に従事する者については,能力がないのであればしかるべき手順をふんで解雇をすればよいのであり,飼い殺しのような扱いはいけないと言っているのです。特に医師のような立場の者は,普通の労働者とは違い,いやなら辞めればよいという気がしないわけではありませんが,やはりそういうことではなく,人事権の行使の適正さが重要で,合理的な裁量を逸脱したものであれば不法行為となるということでしょう。
このような事例をみると,仕事を与えないという行為は,まずは,いわゆるパワハラのような人事権の濫用の問題として捉えられるわけです(不適切な仕事を与えるという事例と隣接してきます)が,他方,就労請求権論にあるような,仕事をすることについての利益という問題とも関係しますし,さらに医師のように移籍可能性も視野に入れられるような事例では,やはりキャリア権的なものが考慮されてくるかもしれません(なお,キャリア権は,労働市場の弱者層の職業キャリアに焦点をあてた議論ではないのか,という気もしますが,私はそのように限定する必要はないと思っています)。これらが複合する問題であり,就労請求権の議論の前提にある,仕事をすることについての利益や,キャリア権の議論にある職業キャリアに対する利益というものが,人格権侵害の不法行為における損害賠償額にどのように影響するかが今後注目されるところでしょう。本判決は,第1審とは違い,人事権の裁量逸脱というところにとどめず,差別的な意図(人格権侵害の故意と言い換えたほうがよいかもしれません)に基づく人事権の裁量逸脱という点で悪性が強いとした(そのほかにも裁量逸脱とされる行為を広く認めた)うえで,さらに就労請求権的な発想あるいはキャリア権的な発想から,上記の判示部分のように精神的苦痛が大きいとして慰謝料を増額しているように思われます。
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