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2011年12月

2011年12月31日 (土)

今年の仕事を振り返って

 格闘技を見ようと思っていたら,今年はテレビでやっていないみたいなので,テレビも観ずに,私の1年の仕事を振り返ってみました。
 著書としては,5冊刊行されました。まず4月に,『最新重要判例200労働法(増補版)』(弘文堂)を出しました。初版はいろいろ不十分なところもありましたが,増補版で改善されています。おかげさまで順調に売れています。LSでも,学部でも,講義の副教材として活用しました。自分で言うのもなんですが,使いやすかったです。ロングセラーになってほしいですね。早い内に第2版をと思っています。ね,さくらんぼさん。
 8月に『君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと(改訂版)』(日本労務研究会)を出しました。担当のOさん,ご苦労様でした。これも書店では順調に売れているという情報が入っています。高校などでも使ってもらっているようです。まさに,そうしたことを望んでいたので,著者としては非常に嬉しいです。来年中には増刷となりそうです。
 10月には,『君は雇用社会を生き延びられるかー職場のうつ・過労・パワハラ問題に労働法が答えるー』(明石書店)を出しました。明石書店という出版社から私が本を出したことに驚いた人も多かったようですが,私はどこの出版社というこだわりは特になく,単に今まで出したことのない出版社から出せて良かったなという感じです。Fさんとの出会いがあったからです。Fさん,ご苦労様です。自画自賛かもしれませんが,自信作で多くの人に読んでもらいたいです。こちらのほうも,順調に売れているという情報が入っています。
 11月には,『労働法演習ノート』(弘文堂)を出しました。こちらは共著です。共著ですが,今年出した本の中で,最もエネルギーを使ったのは,この本でした。新たなタイプの演習本を目指したつもりですが,どうでしょうか。LSの講義で使ってみましたが,まだブラッシュアップが必要で,これも早い内に第2版と行きたいところです。こちらも,さくらんぼさん,ご苦労様でした。
 最後に,ほぼ同じ頃に,『就業規則からみた労働法(第3版)』(日本法令)を出しました。いちおうの評価はいただいているこの本も,ついに第3版となりました。第3版はMさまに担当してもらいました。ご苦労様です。第2版までで気になっていたところなどを直せて良かったと思っています。こちらのほうは,これからのセールスになりそうです。通常の教科書と判例教材の両方を兼ねることができるもので,学部の講義の教材に使えそうかなと思っています。
 単行本以外では,今年は書評を2本書きました。まず,西谷敏先生の『人権としてのディーセント・ワーク―働きがいのある人間らしい仕事』について季刊労働法233号で,また小嶌典明先生の『労働市場改革のミッション』について,日本労働研究雑誌617号です(前者は書評論文,後者は読書ノートです)。実は私は書評をこれまで6本しか書いたことがなく,そのうち2本が今年となりました。
 判例評釈は,今年も昨年に続いて1本だけでした。5月に出た「スキールほか(外国人研修生)事件」判例時報2105号(判例評論627号)です。これは高裁判決がすでに出ていましたが,判例評論は地裁判決しか掲載しないそうで,私も地裁判決を扱っています。
 一般の方向けの連載ものは,今年もかなり頑張りました。労働基準での「いまさら聞けない雇用のルール」は3年を終えようとしています。ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」はもうすぐ5年になろうとしています。どちらも,来年も継続予定です。今年新たに連載が始まったのが,労務事情の「労働法の歴史から“いま”を知る」です。1月から開始で12回連載の予定でしたが,15回に延びました(もうすぐ終わります)。労務事情には単発ですが,5月に「個人事業主等の労働者性に関する最高裁判決と実務上の留意点」という短文(といっても10頁分ですが)を載せています。4月の最高裁の2判決に関する速報的な検討です。さらに,新聞での連載として,今年の3月から10月まで(途中2カ月ほど休止期間あり)日本経団連タイムズという新聞に連載したのが,「経営者のための労働組合法教室」です。これは来年,単行本化します。また,10月から,生産性新聞で「高年者雇用をめぐる法的問題」を始めました。これは9回連載で,もうすぐ終わります。その他にエッセイとしては,労働調査会から出ている月刊人事労務実務のQ&Aで,5月に「巻頭言 パターナリズムの是非」を書いています。
 番外編としては,まず動画セミナーがあります。「9時間で学べる労働法」(日本法令)です。私の労働法の講義を動画で記録に残すことができて,個人的には大変満足しています。ぜひ多くの人に見てもらえればと思います。ちょっと値が張りますが,質には自信があります。      
 それから,プレジデントという雑誌に出たこともあげておきます。この雑誌に出たことが,これだけインパクトがあるとは予想できませんでした。読んでみると面白い雑誌なので,ちょっと愛読してみようかなと思っています。
 活字になったもの以外の活動としては,神戸労働法研究会と文献研究会があります。私にとっての貴重な勉強の機会です。報告者の成果は,季刊労働法に掲載していただいています。Sさんありがとうございます。この研究会はずっと頑張っていきたいです。また,やや違った形で活字になっているものとしては,兵庫県労働委員会の命令があります。7名の公益委員だけでなく,労使の委員,事務局の方などとみんなで時間をかけて命令を作り上げていく作業は,きわめて苦労が多いですが,それゆえにやりがいのある仕事だと思います。
 全体を振り返ると,単行本が,単著の新作1本,増版3本,共著1本ということで,近年ではまずまずというところでしょうか。本格論文が少ないというのが研究者としては大きな反省点です。来年は書きますよ。仕込みはすでに始めています。

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有期労働契約の在り方について

 12月26日に労働政策審議会から,小宮厚生労働大臣に対して,「有期労働契約の在り方について」建議が行われました。新聞でも大きく取り上げられたので,ご存じの方も多いでしょう。ついに来たかという感じでしたが,入口規制は見送られています。出口規制が中心です。
 有期労働契約について5年の利用可能期間を設定し,それを超えた場合には,期間の定めのない労働契約に転換するというシステムの導入が提案されています。EC型ともいえますが,建議でも周到に配慮されているように,利用可能期間の到達直前の雇止めのラッシュが気になるところであり,これをほんとうに回避できるのかが気になります。また労働者の申し出による転換というシステムですが,事前に更新を申し出ないという約束で5年を超えて更新した場合に,やっぱり更新したいと労働者が申し出た場合にどうなるかということも気になります(転換は強行規定かということです)。このほか,利用可能期間の進行をリセットできるクーリングオフについても述べられています。
 5年くらいだと使用者側も譲歩可能ということでしょうが,大事なことは,有期労働契約から無期労働契約について,労働者も使用者もプラスになるような移行がどこまで可能かで,そこがうまく実現できなければ,誰もが幸せにならない法改正になるおそれもあります。
 建議では,雇止め制限法理の法定化にも言及されています。認識可能性の高いルールとして紛争を防止するために,その内容を制定法化して,明確化を図ることが適当である,とされています。それができれば苦労しないのですが。労働契約法17条あたりの改正か条文の追加となるのでしょうが,そう簡単にはいかないような気がします。
 労働条件の明示の強化に向かっているところは賛成です。契約の原理に忠実になのは,こちらの方向です。転換規定には諸手をあげて賛成とはいきませんが,明確なルール化がされているとすれば,労使は契約で対処することが可能なで,ルールが厳しすぎない限り,許容可能なことかもしれません(前述のように5年ならOKというところでしょうか)。ただ,そうなると,雇止め制限法理は不要とすべきではないか,という気もします。もっとも,これは判例法理なので,不要と言ったところでどうしようもないのですが,少なくとも利用可能期間は,雇用保障を期待する期間ではないということは,明確にしておく必要はあるでしょう。これは現在の高年法9条の65歳までの高齢者雇用確保措置と有期労働契約の更新期待との関係と同様の問題といえます。高年法は,義務となっていたので,期待可能性はより生じやすいでしょうが,一般の有期雇用においても難しい解釈上の問題となるかもしれません。

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2011年12月30日 (金)

サド侯爵婦人・わが友ヒットラー

 三島由紀夫『サド侯爵婦人・わが友ヒットラー』(新潮社)を読みました。戯曲です。最近でも上演されている有名な作品です。「サド侯爵婦人」は,あの有名なマルキ・ド・サドの話です。サディズムの語源となった人です。戯曲には,このサド本人は登場せず,サド夫人(ルネ),その母(モントルイユ夫人)と妹(アンヌ),そして不道徳を体現する悪女(サン・フォン伯爵夫人)とその逆の清純な女(シミアーヌ男爵夫人),それに女性召使いという女性だけが登場します。サドの性的な不品行(変態)で,家名が汚れることを恐れているサド夫人の母は,なんとかサン・フォン伯爵夫人とシミアーヌ男爵夫人に頼んで事態を打開しようと考えていたのですが,そこにやってきた二人の娘から,真相を聞かされてモントルイユ夫人が仰天し,そこから話が展開していきます。この世における道徳と不道徳の線引きのはかなさ(フランス革命の前後という価値観の大転換の時代が起きた時代背景も関係しています),性というものの不可思議さを,性格が全く異なる登場人物を立てて描いているように思えます(特に第2幕におけるモントルイユ夫人とルネとの間のやりとりは素晴らしいです)。
 「わが友ヒトラー」は,実際にあったレーム事件を素材にしたものです。ナチスの突撃隊の指導者であったレームとヒットラーは堅い友情に結ばれていたはずで,レームは最後までそれを疑っていなかったものの,ついにヒットラーに処刑されてしまいます。第2幕では,ヒットラーの真意を察知していた左派のシュトラッサーが,必死に自分と手を組んで,ヒットラーをやっつけなければ自分たちは二人とも殺されてしまうと言うのに,レームはヒットラーをひたすら信じて,シュトラッサーの言うことに耳を傾けません。実はヒットラーは,軍部と手を組むことを考え,正規の軍隊ではない突撃隊をうとましく思っています。ロマンを抱き,友情を信じている軍人のレームは,彼が芸術家とあがめていたヒットラーに裏切られてしまうのです。その背後には,クルップという大資本家がいたのですが,このクルップは,ヒットラーに「アドルフ,よくやったよ。君は左を斬り,返す刀で右を斬ったのだ」と言い,ヒトラーは,「そうです。政治は中道を行かなければなりません」と言って,この劇は終わります。三島は,自作解題で,「全体的主義体制確立のためには,ある時点で,国民の目をいったん「中道政治」の幻で瞞着せねばならない」という政治的法則があると述べています。ヒットラーが政治的法則に従っていたことを描きながら,そうした冷酷な粛正をめぐる男たちの世界が描かれているのだと思います。「サド侯爵夫人」と対照的に,こちらは,すべて登場人物は男性です。ところが登場人物に語らせている内容には情緒的なところがあり,意外に男性くさくないところに,この戯曲の面白さがあるように思えます。☆☆☆

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2011年12月29日 (木)

第69回神戸労働法研究会

 今年最後の研究会でした。研究会後は,下井先生の叙勲のお祝いも兼ねて,イタリアンで楽しみました。今年を振り返り,そして来年の抱負を語るということで,フルマラソンに出るなどと言っている人もいて頼もしかったです。
 一人目は,同志社大学助教の坂井岳夫君です。東京地判平成23年2月15日判タ1350号189頁について,報告してくれました。
 争点は,仲裁合意の有効性です。仲裁法附則4条は,「当分の間,この法律の施行後に成立した仲裁合意であって,将来において生ずる個別労働関係紛争(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成十三年法律第百十二号)第一条に規定する個別労働関係紛争をいう。)を対象とするものは,無効とする。」と規定しています。個別労働関係紛争の仲裁合意は無効ということです。本判決は,本件の仲裁合意は,この法律の施行後に成立したものではないという認定なので(二つの仲裁合意があって,後の合意は仲裁法施行後の合意ですが,二つの仲裁合意は同一であると判断されました),それだけで付則4条の要件に合致しないことになり,公序良俗違反などがない限り有効となりそうです。
 もっとも,判旨は,それだけで判断を終えるのには気が引けたのか,傍論ですが,仲裁法付則4条が仮に適用されても,やはり本件仲裁合意は無効とならないとしています。本件仲裁合意の特徴は,アメリカのデラウエア州法に基づき設立された会社とアメリカ人労働者との間における雇用契約上の仲裁合意について,仲裁地をジョージア州アトランタ市にするとされていた点にあります。判旨は,「仲裁法附則4条の趣旨は,同法施行時における労働者と使用者との間の情報量や交渉力の格差及び仲裁が紛争解決手続として浸透していないわが国の現状を踏まえて,労働者保護のため,わが国において同法施行後に成立した仲裁合意について,当分の間無効としたものと考えられる。そうすると,仲裁地や手続をすべて米国のものとする本件仲裁合意に,同条は適用されない」と述べています。つまり,本件仲裁合意は有効ということです。
 坂井君の報告では,附則4条の趣旨をめぐる学説の対立を詳細に紹介してくれていて,論点はよくわかりました。ただ,本判決をこれまでの学説の照らして,どう位置付けるのかは難しい気がしました。判旨は仲裁法3条1項にも13条1項にも言及していませんが,判例タイムズの解説をみると,仲裁法は仲裁地が日本国内にある場合に適用されるという3条1項,「仲裁合意は、法令に別段の定めがある場合を除き、当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限り、その効力を有する。」という13条1項に関係する判断をした判決と位置付けられているようです。附則4条が,13条1項の特則とする見解があるようであり,そうすると,3条1項も適用されやすくなります(つまり,仲裁地が日本国内である場合にのみ,附則4条が適用される)。本判決は,そのような立場であるようにもみえます。一方で,附則4条は,労働者保護という立法趣旨からすると,仲裁地に関係なく適用されるという見解もあるそうです。そうなると,本件では仲裁合意が無効となることになります。判旨は,労働者保護に言及しながら,仲裁合意を有効としている点で一貫しないところがあるのであり,坂井君もその点に疑問があるとしていました(ただし,結論は判旨相当)。
 研究会では,判旨は,情報量と交渉力の格差に言及し,労働者保護を附則4条の趣旨としていながら,どうして仲裁地や手続をアメリカのものとする仲裁合意には,その趣旨が及ばないのかが,はっきりしないのではないか,という点をめぐって議論をしました。判旨は,同時に「仲裁が紛争解決手続として浸透していないわが国の現状」という「インフラ未整備」論にも言及しているので,ここだけを理由にするのであればアメリカを仲裁地とする場合には附則4条を適用しないというのは理解できるのですが。判旨を善解すると,情報量と交渉力の格差があるにもかかわらずインフラ未整備の日本での仲裁をするという合意のみ,労働者保護の観点から無効とすると言いたかったのかもしれません。
 なお,仲裁合意の効力を判断する準拠法が,そもそもどこなのかも気になりますが,その点は判決は触れていません。ここは日本の仲裁法が準拠法でよいということなのでしょうかね。このほかにも,準拠法のことを考え出すと,複雑な問題が次々と出てきそうです。
 もう一件は,阪急トラベルサポート事件・東京高判平成23年9月14日判例集未登載です。神戸学院の梶川さんに報告してもらいました。添乗業務に対する事業場外労働制の適用可能性について争われた事件で,すでに,東京地裁で平成22年に5月(国内旅行業務),7月(海外旅行業務),9月(国内と海外の旅行業務)に判決が出ており,5月判決は適用否定,7月と9月の判決は適用肯定と判断が分かれていました。本判決は,5月判決の控訴審で,1審を支持して適用を否定しました。梶川さんは,細かい点には疑問はあるものの,判旨の結論は相当ということでした。
 「労働時間を算定し難い」とは,具体的な指示を受けずに労務に従事している状態を指すといえますが,あえて具体的な指示をしないことにより,みなし制の適用要件を満たすという事態になるのはおかしいので,そこは客観的に業務の性質上,具体的な指示が困難であるというような事情が必要なのだと思います。梶川さんも,具体的な判断基準としては,平成22年9月の東京地裁の判決の示した「使用者は,本来,労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのであるから,本件みなし制度が適用されるためには,例えば,使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず,具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要する」という基準が妥当であるとのことでした。また,東京地裁の3判決の結論の違いは,梶川さんの分析では,添乗業務の裁量性の評価に違いにあったのでは,ということでした。
 研究会では,立法論についても議論しました。私は,具体的に指示がないというところに制度適用の根拠を求めるのなら,裁量労働制との本質的な違いはなくなってくるのではないか,という問題提起をしました。現行の38条の2は,適切な労働時間の把握という視点をなお失っておらず(1項ただし書を参照),その点で完全なみなし制といえる裁量労働制とは違うような気がしますが,しかし,そもそも「労働時間を算定し難い」というところから出発する以上,適切な労働時間の把握などは無理などであり,その意味では,1項ただし書の存在は出発点と矛盾するともいえるのです。そうすると,少なくとも,1項ただし書と2項は統合して労使協定にゆだねたほうがよいと言えそうですし,さらに,「労働時間を算定し難い」という曖昧な要件がある限り,本件のような紛争が起こることが避けがたいように思えることからすると,制度の適用そのものについて労使協定や労使委員会の決議を要するとするほうがよいのではないか,という話になっていきました。

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2011年12月28日 (水)

高校駅伝

 25日はテレビを見ることができなかったので,全国高校駅伝は結果しか知りません。わが兵庫県は男女とも4位ということできわめて優秀でしたが,男子の西脇工業も女子の須磨学園もどちらも優勝を狙っていただけにちょっと残念でした。それにしても男女とも,やはりケニア人留学生の活躍した高校が優勝しました。昨年も書いたのですが,私は何となくこれがスッキリしないのです。留学生だからといって排除するのはダメなのであり,その気持ちはよくわかるのですが,それでも力があまりに違いすぎるので,そして日本人が弱すぎるので,「ゴメンなさい,日本人だけでやらせて」,ということなのです。野球とサッカーと違って,高校駅伝では,あまりにも勝負に決定的な影響力をもちますからね。やはり私は心が狭いのでしょうかね。世界レベルの高校生が日本にやってくるというのを素直に喜ぶべきだのでしょうか。
 全然,次元が違いますが,紅白歌合戦にkaraやガガ等が出ることを怒っている人がいましたが,私はそれは全然気にならないのですが・・・。歌合戦だから,いろんな人が出てよいでしょう。日本人でも,あまり聞いたことのないような人が出ていれば,そのほうが,よっぽど違和感があります。などと言っていますが,実は,紅白は,他局がコマーシャルのときしか見ませんから,ほんとうはどうでもいいのですが。

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2011年12月27日 (火)

社会法の再構築

 小宮文人・島田陽一・加藤智章・菊池馨実『社会法の再構築』(旬報社)をいただきました。どうもありがとうございました。労働法と社会保障法の多様な問題がとりあげられています。書名には「再構築」とありますが,どちらかというと,労働法編を読んでいると,従来の議論の整理が中心という印象で,いわば再構築のための基礎作業というところでしょうか。
 この本のなかで特に目をひいたのは,島田陽一先生の「労働協約と倒産法上の無償否認に関する一考察」という論文でした。こういう論点があることをまったく知らなかった私としては勉強になりました。 北海道大学の池田悠君の大論文(「再建型倒産手続における労働法規範の適用-再建と労働者保護の緊張関係をめぐる日米比較を通じて-」法学協会雑誌128巻3号,8号,9号,10号,11号)もあり,倒産法についてもちょっと勉強しなければならないと考えています。時間があれば,池田君の論文も紹介してみたいのです(久しぶりに気合いを入れて読みたい論文が出てきました)が,さあできるでしょうか。

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2011年12月26日 (月)

天の川の太陽

 黒岩重吾『天の川の太陽(上)(下)』(中公文庫)を読みました。上下巻で1400頁くらいの大作で,少し時間がかかりました。
 時代背景は,大化の改新後から壬申の乱まで。乙巳の変で,当時の権力者である蘇我入鹿を暗殺し,実質的な権力を握った中大兄皇子と中臣鎌足。中大兄皇子は,その後に即位した母の皇極天皇の弟の孝徳天皇の皇太子として,鎌足とともに大化の改新を行い,政治の実権を握っていました。この小説は,天皇に即位することが有力視されていた中大兄皇子(後の天智天皇)の弟の大海人皇子が,兄の寵愛を受けて,その後継者となった大友皇子から皇位を奪うために,壬申の乱を起こし,そこに勝利するところまでを描いた大作です。
 後に天武天皇になった大海人皇子は,ある意味では天皇を殺して,天皇になったという逆賊である可能性もあり,そうしたことにならないように,大友皇子は即位していなかったとする説もあります。日本書紀でも,大友皇子の即位の記述がありません。明治時代になり,大友皇子は即位したとして,弘文天皇という名を与えられていますが,今日でも即位していないという立場も有力だそうです。本書では,即位説に立っており,しかも大海人皇子は,大友皇子の存命中に天皇になったと宣言していることから,二人の天皇が戦うという日本の歴史最大の内乱と呼べるものなのかもしれません。
 本書は,兄の中大兄皇子やその側近が権力を得るために,蘇我入鹿暗殺などの血を流し,さらに有力な皇位承継候補者(有馬皇子など)を陥れて暗殺してきたことを目の当たりにした大海人皇子が,猜疑心の強い兄の怒りを買わないように慎重に行動し(恋人の額田王も献上しました),ときには屈辱的な経験もしながらも,耐え続けるところから始まります。多くの者が天智天皇の次の天皇を大海人皇子と考えていたところ,天智天皇は大友皇子を後継者に指名し,大海人皇子は,大友皇子を危うくする存在とみられて,命の危機にさらされます。大海人皇子は,政治的な野心がないことを示すために剃髪して吉野に下りますが,この屈辱を晴らすために,再起をかける機会をうかがいます。そして,ついに天智天皇亡き後,大友皇子の近江朝との大決戦となり,圧倒的な勝利で天皇の地位を奪うことになるのです。
 天智天皇の娘ですが,天武天皇の妻でもある讃良(後の持統天皇)は,夫の側にたち,夫が天皇につくことを願い続け,叱咤激励する女性として描かれています。家柄の良くない女性を母にもつ大友皇子に対する恨みや反感は,強いものだったと思います。壬申の乱は女性たちの戦いでもあったのでしょう。
 壬申の乱は,天皇家の皇位承継争いの話であり,独裁者である天智天皇と,その巨大な権力に群がる貴族たちがいるなかで,天武天皇は正攻法で立ち向かって天皇位を奪うというストーリーになっており,その過程は読んでいて,とてもスリリングです。それと同時に,当時は圧倒的な先進国である中国(唐)がいて,朝鮮の動きも大きく動いている(百済や高句麗の滅亡),というなかで,日本という国を新たに形作ることが求められていた時代であり,その過程でとてつもない権力闘争があったのだろうなあ,という想像をかきたてる本だと思います。☆☆☆

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2011年12月24日 (土)

査定の難しさ

 査定は公正でなければならない,というのは,労働法の議論でよく言うのですが,プロ野球選手のように,成績がはっきり出ている業界でも,査定についてもめることはありますね。今年の阪神の中心メンバーであった能見も平野もサインをせず,越年しそうです。金本の大幅減俸は当然ですが,能見はちょっと微妙です。今年の活躍からすると,1億4000万円くらいでも,おかしくないかもしれません(球団の提示は1億円)。いろいろ細かい成績評価基準はあるのでしょうが,それが選手にとって納得のいくものかとは限りません。勝利数がそれほど多くないとしても,対戦相手がむこうのエースばかりであったり,打線が貧打で勝てなかったりということもあるわけで,あれだけのイニング数(200イニング以上)を投げたということをもっと評価すべきです(一年トータルで働いた証しです)し,誰が見ても今年は能見がエースでそれだけの活躍はしたと思っているはずです。もっとも,こういう誰が見ても貢献度が高いというのが,なかなか明確な数字になってきちんと現れにくいこともあるのかもしれません。ここが査定の難しさでしょうね。
 今年のMVPも議論のあるところでした。パリーグの内川は印象度は大きいですが,シーズン通して働いたわけではなく,ホークスにはもっと貢献度が高い選手がいそうですし,さらに今年最も印象的な選手と言えば,飛ばないボールのなかで,ぶっちぎりのホームラン王をとった西武の中村という意見もあるでしょう。セリーグも中日の浅尾がとりましたが,浅尾の貢献度は大きいでしょうが,投手成績で抜群であった吉見ではなぜないのかというところは,いろいろ意見がありそうです。
 いずれにせよ,阪神の選手がすっきりと来年度に向けて頑張れるように,球団は選手をきちっと納得させる年俸を提示してもらいたいですね。

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若者とのコミュニケーション

 昨日のゼミの話の続きですが,上司にとって,パワー・ハラスメントと言われないように部下に接するためには,どうすればよいか,が問題です。学生達は,上司は叱り方に気を付けてほしいと言っています。たとえば,人前で大声でどなられるのはイヤだ,ということのようです。若者を育てるには,ある程度の叱咤は必要で,ときには,きつい表現を使うということも必要かもしれませんが,信頼関係が築かれていないなかでの叱咤は逆効果なのです。叱るときは小声でこっそりと,とある学生は言っていました。あるいは,きつく叱った後のフォローのメールなどは,かえって効果的ということで,若者に,俺はほんとうにおまえのことを思っているんだということを,しっかりと示しておくことが必要なのでしょう。「ちょっと叱りすぎて悪かった。俺はおまえのことを本当に期待しているだ。これからも,しっかり頼むな。」というようなメールを書けるような上司は素敵なのでしょうね。
 おじさん世代は,コミュニケーションなんてのは技術じゃなくて,ハートだ,と言いたいとこ

ろですが,それは若者に通じません。いつも言っていることですが,「共感」と「同調」が必要

です。心だけは同じレベルにしておきながら,でも仕事などの指示はきちんと上からやる,とい

う使い分けが大事なのかもしれません。
 今の若者は,シューカツでもコミュニケーションの能力が必要だということを教え込まれてい

ます。おじさん世代の上司は,若者にコミュニケーション能力を求める以上,自分たちのほうも,きちんと若者とコミュニケーションをできるようにしておかなければならないでしょう。幸い,おじさん達には,訓練の場がたくさんあります。バーに出かけましょう。最近では,一人で飲んでいる妙齢の女性が増えています。そんな彼女たちを口説いてみましょう。そんなことできるわけないと思っているかもしれませんが,やってみないとわかりません。趣味と実益を兼ねて(?)チャレンジしてみましょう。年下の女性たちと一対一で,地位も何も関係ないなかで,コミュニケーションをしてみるというのは,究極の修練の場です。こういう修練を経ていると(失敗に終わり続けても,それも勉強です),コミュニケーション力が高まっていくのではないでしょうか。前に紹介した「ラブ・アゲイン」という映画でも,中年男性が,ちょっとしたことから,モテまくるというシーンが出てきますが,モテる秘訣の一つが,コミュニケーション術の向上というでしたからね。

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2011年12月23日 (金)

今年最後の学部ゼミ

 学部のゼミは,今日で今年最後です。今日はいつものようにたっぷりと時間をとることができなかったので,報告者を割り当てず,私の最近,出した『君は雇用社会を生き延びられるか』(明石書店)の読書感想会をしました。力を入れて書いた本でしたので,これから就職する学生にぜひ読んでもらいたいと思い,ゼミでとりあげました。
 予想以上に良い意見やコメントが出てきて,さすがに神戸大学の学生は優秀だと思いました。本についてきちんと理解をし,的確なコメントをできるというのは,立派な能力だと思いました。特に4年生の充実ぶりは感心するところであり,自画自賛かもしれませんが,ゼミを2年間受けるということの成果もあるのだなと思いました。あまり学生を誉めることはしないのですが,1年の最後ですから,素直に誉めておきましょう。
 本の内容は,みなさんに読んで確認していただくということにしますが,本書への学生の反応はいろいろでした。アルバイトでも長時間労働ということがあり,あるいは社員が過労になっていたりすることを見ると,もっと法が機能しないのかという実感をもつようです。これは法のエンフォースメントの問題で,労働基準法などの実効性という問題に関心をもつ学生が何人かいました。確かに,最近では,法がどういう権利を与えるかではなく,その実効性をいかにして担保するのかということにも理論的関心が集まっており,本書でも,私なりの考え方を示しています。
 その一方で,そもそも本書で書かれているような内容をほとんどの労働者や遺族が知らないということが問題ではないか,ということで,法情報の提供や法教育の重要性も議論となりました。
 パワー・ハラスメントについても,これまでゼミで扱っていなかったので,関心をもったようです。バイト先などでも経験したり目撃したりするようで,学生達もその対策が重要であるということは強く認識しているようです。ただ,法の介入でどこまで対処できるのかについて賛否両論でした。
 それにしても,過労ってどうせ防げないよね,と学生は思っているような気がしました。残業をやれと言われたら断れないし,というのが実感でしょう。だから上司をもっと教育して,ということのようです。パワー・ハラスメントも,そんなことをする上司を会社がもっと教育して,ということです。ここでは,権利を与えるかどうかということではなく,快適な職場を作るのには,どうすればよいかを考えるべきで,別にそれは法的な手段だけでなくてもよいということかもしれません。快適職場指針のようなものが,もっと拡充されればよいという意見もありました。
 本書は,最終的には,快適な職場は何なの,という問題関心で書いたものです。労働法もそこを目指すべき時代に来ているのです。本書では,法制度の観点からこの問題を扱ったものといえますが,次のステップは,より広い観点から人事管理論などの知見も活用しながら,職場の快適さを追求する本を書いてみたいと思っています。

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2011年12月22日 (木)

高年法改正論議

 新聞で,厚生労働省が,希望する労働者すべてに65歳までの雇用を保障するという政策を進めようとしていると報道されました。当然のことながら,労使の反応はまっぷたつに分かれています。ちょうどその前に,関西経済連合会から『高年齢者雇用安定法改正に望む』という提言書(パンフレット)が送られてきました(2011年12月5日発行)。もちろん,改正に反対の立場です。私としては,内容的には,まったく異論がないところです。ぜひ多くの人に読んでもらいたいものだと思いました。特に政府が進めようとしているとおりの改正がなされると,どの程度の労働費用の増加となるかの試算がなされており,その主張の説得力を高めています。
 私も徐々に高年齢に近づきつつあり,高年齢者雇用安定法上の中高年者(45歳以上)に該当してしまっています。雇用安定を図ってもらえる年齢になっているというわけです。個人的には,就労希望者にはできるだけ長く雇用を保障してもらたいと考えないではありません。しかし,研究者の立場からは,企業の採用の自由というのが,やはり気になるのです。高年齢者の継続雇用は採用の自由の問題ではないと言われるかもしれませんが,そうではありません。企業の従業員構成の質および量をどのようにするかを決定する自由があるものだと考えるべきなのです。そうすると,解雇という形での量の調整が封じられている以上,定年によって計画的な従業員構成を考えていけるようにしなければならないわけで,そこに政府がいろいろと介入するのは,いかがなものか,ということになるのです。
 これは企業寄りの意見と思われるかもしれませんが,従業員の利益にも当然関係してきます。継続雇用の強制は労働条件の不利益変更を引き起こす可能性が大きいのです。若者の雇用はどうなるのか,ということも気になります(拙著『雇用はなぜ壊れたのか』(ちくま新書)の第9章「ベテランと新人-世代間競争の行方は?-」を参照)。有期雇用の規制強化が若者対策として言われているようですが,これはこれで問題があります。
 企業の社会的責任というのはあります。しかし,社会的責任という言葉で,企業の雇用責任をどんどん強化していくことには,副作用もあるのです。特に高齢者の雇用継続については,重い副作用が想定されます。企業がどういう行動をとるかを予想して政策を進める必要があるのであり,前記の報告書は,その点でも参考になります。いつも言っているウィン・ウィンの観点,企業にも従業員にも利益となるような政策が,ここでも求められるのです。

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2011年12月21日 (水)

ラブ・アゲイン

 少し時間が空いて映画でも観たいと思い,ちょうどやっていた映画が「ラブ・アゲイン(Crazy, Stupid, Love)」でした。タイトルからして,中年離婚ものかなと思いましたが,はたしてそのとおりでした。冴えない44歳男性キャルが,突然,妻を寝取られて離婚を通告されます。その男を,プレイボーイのイケメン男性ジェイコブが手ほどきしていく,という話です。13歳の息子が,17歳のベビーシッターの恋をしたり,そのベビーシッターは年上のキャルに恋をし,キャルがジェイコブのてほどきでバーでナンパしてセックスした最初の女性が,実は「緋文字」ばかりを読ませている担任教師ケイトであったり,さらにややこしいのは,ジェイコブに真の恋というものを教えた弁護士の卵ハンナは,実は・・・。ネタバレなので,これくらいにとめておきますが,ドタバタで吉本新喜劇を見たような感じの,笑ってストレス発散となったコメディ映画でした。キャルの優しさと誠実さが,ぐっとくるところなのかもしれませんが,残念ながら☆でしょう。
 ところで,この映画でも出てきたのが,「ダーティ・ダンシング(Dirty Dancing)」の有名なシーンのリフティング。女性が駆け寄っていてジャンプして,男性が支えて,身体の上で支えます。これを,ジェイコブがハンナにしています。鍛え上げられたジェイコブの肉体にはぴったりでしたね。実は,前に紹介した「ハートブレイカー」でも,このシーンが出てくるのですが,男が女を口説くときの最後の大技がこれなのでしょうか。どうも女性は,このリフティングが好きなようですね。悲しいかな,おじさん中年は,こんなことをやろうものなら,即入院は必至でしょう。ここはちょっとダイエットをかねて,目標をこれに据えて頑張るという手もあるのでしょうかね。

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2011年12月20日 (火)

労働経済学入門

 脇坂明『労働経済学入門』(日本評論社)をいただきました。どうもありがとうございました。脇坂先生とは,ほとんど一緒にお仕事をしたことがないのに感謝です。教科書というのは,「入門」という書名になっていていても,難しい内容のものもよくあるのですが,この本はとてもわかりやすかったです。何よりも,欲張らずに,エッセンスが見事にまとめられているのもいいです。図表も効果的でわかりやすさを高めています。構成もいきなりワークライフバランスから入るなど,大胆ですが,これが成功していると思いました。コラムも,センス良く,いろんな実例が紹介されています(「旅館」なんていうタイトルのコラムもあります)。私は教科書系の本は,あまり誉めないのですが,経済学に素人の者にとっては,こういう本がとっつきやすくて助かるので,同業者がどう評価されるかわかりませんが,私はとても良い教科書だと思いました。法学部のゼミでも使ってみたいです。よく,献本の礼状には,教科書や参考図書に推薦しますと書くものですが,だいたい,そういうのは社交辞令です。でも,この本は,ほんとうに使ってみたいと思います。

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2011年12月19日 (月)

企業のための労働契約の法律相談

 下井隆史・松下守男・渡邉徹・木村一成編『企業のための労働契約の法律相談』(青林書院)をいただきました。どうもありがとうございました。帯にありますように,第1線の弁護士が,労働に関する法律相談について,端的に回答し,それに詳細な解説をつけるというものです。今日のように個別労働紛争が増加している時代には,こうした本のニーズは大きいのだと思います理論的な問題だけでなく,労働審判と裁判との違いは,といったような実務的な問題についてもとりあげられており,タイトルは「企業のための」ですが,労働者にも役立つ本だと思います。

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2011年12月18日 (日)

国・中労委(NTT西日本)事件

 東大の労働判例研究会で国・中労委(NTT西日本)事件の報告をしてきました(国・中労委(NTT西日本)事件・東京高判平成22年9月28日労判1017号37頁(第1審は東京地判平成22年2月25日労判1004号24頁。本判決は,最1小判平成23年5月23日上告不受理で確定)。私がやりたいと言った事件ではなく,幹事に指定された事件だったのですが,たいへんな分量で読むのがたいへんでした。大阪府労働委員会と中央労働委員会では,救済方法は文書手交と同じですが,文書の内容は違っており,それは成立を認めた不当労働行為の範囲の違いによるものです。結果として,中労委の判断が,裁判所には認められました。中労委の命令は大作で,読み応えのある命令だと思います。
 事案は,NTT西日本が構造改革を発表し,業務のアウト・ソーシング(OS)をするなか,OS会社に転籍して最終的に65歳までの雇用確保となるか,それとも転籍せずに60歳で雇用を終了させるかを選択させるという措置をとっていくことなどについて(ご存じのように,高年法関係で,この措置の適法性も争われています),圧倒的な多数組合と少数組合との間で団体交渉の進め方や説明内容などに差があり,それが不当労働行為となるのかが争われた事件です。
 誠実交渉義務と中立保持義務が交錯する理論的に難しい事件です。圧倒的多数組合との間では経営協議会が設置されていて,その場で会社は今回の一連の制度改革についての情報を提供しているわけですが,少数組合との間では経営協議会は設置されていないので,同じようには情報が提供されていません。しかし制度改革は,全従業員に統一的なもので,少数組合のほうも必要な情報は提供してもらいたいと考えており,それは当然のことです。その一方で,会社が,統一的な労働条件について,全従業員の約98パーセントを組織する労働組合と話し合い,そこでの合意をまず得たうえで,改革を進めていくというのは問題はなく,むしろ望ましいことです。こういうなかで,どのような行為が不当労働行為となるのかが問題となっています。
 高裁判決も引用する1審判決は,「使用者が一方の労働組合のみとの間で経営協議会を設置している場合に,使用者が一方の労働組合のみとの間での経営協議会で行った説明・協議それ自体は,使用者と当該労働組合との間の経営協議会設置に関する取決めに基づくものであって,使用者はそのような取決めを行っていない他の労働組合に対して,これと同様の対応を行うべき義務を負うものではないと解される」とします。この部分は,日産自動車(残業差別)事件の最高裁判決(最3小判昭和60年4月23日民集39巻7号730頁)が,使用者に各労働組合との対応に関して中立保持義務が課せられているとしても,各労働組合の組織力,交渉力に応じた合理的,合目的的な対応をすることが,同義務に反するものとみなされるべきではない,という趣旨の判断をした部分に対応しています。
 そのうで,「しかしながら,使用者が一方の労働組合との経営協議会において提示した資料や説明内容が,当該労働組合とのその後の団体交渉における使用者の説明や協議の基礎となることがあり得る。このような場合には,使用者は,経営協議会を行っていない他の労働組合との間の同一の交渉事項に関する団体交渉において,当該他の労働組合から,団体交渉を行うに当たって必要なものとして経営協議会におけるものと同様の資料の提示や説明を求められたときには,団体交渉における使用者の実質的な平等取扱いを確保する観点から,必要な限りで,同様の資料の提示や説明を行う必要があるというべきである」,と述べています。
 当初提案やその後の団体交渉において問題があったという点については,ほぼ異論がなさそうです(大阪府労働委員会は,この部分だけについて支配介入の不当労働行為が成立するとしました)。これだけ大きな労働条件の不利益変更をするのですから,経営協議会があるかどうかに関係なく,その前提となる基本的な情報は労働組合に提供するべきということです。使用者の団体交渉義務というのは応諾義務であり,使用者のほうから積極的に情報を提供するという義務ではないのですが,こうした労働条件不利益変更の事案では,基本的な情報提供は使用者がやるべきという考え方がベースにあると思います。もちろん,それは法的な義務とまではいえないのですが,たとえば労働条件の不利益変更の合理性判断(労働契約法10条)では,考慮に入れられるでしょうし,ましてや一方の労働組合には情報を提供しているとすれば,他方の組合には情報提供が可能なものであるので,誠実交渉義務の内容に含まれてくるのだと思います。
 とはいえ,以上の限りにおいて,多数組合・少数組合間の中立が求められるにすぎず,多数組合に対して,経営協議会で流した情報は,常に少数組合でも流すべきというようなことを言った判決ではありません。判決は,団体交渉における使用者の説明や協議の基礎となり,団体交渉において必要な限りにおいて,資料提供や説明をする必要があると述べているだけなのです。
 理論的には,中立保持義務が,誠実交渉義務に及ぶのかという問題があります。私は,使用者は,各労働組合に対して,誠実交渉義務を負うという意味では,当然,使用者は中立義務を負いますが,交渉の内容については,それぞれの組合の交渉力に応じて格差があってもよいはずだと考えています。つまり,多数組合がその交渉力や組織力により,使用者から,少数組合よりも多くの情報を引き出すということはありえるわけで,それを組合間格差の不当労働行為と言うべきではないでしょう。あくまでも,少数組合との間で誠実交渉義務をはたしているかどうかが問題となるのであり,その誠実交渉義務の判断において,つまり具体的には,団体交渉の基礎となる情報の提供がきちんとできているかどうかの判断において,結果として多数組合と同様の情報提供が求められることがあるにすぎないというべきでしょう。
 また中立保持義務とは,これまでは労働条件や便宜供与の格差があり,それが団体交渉の結果の違いによる場合に,どこまで不当労働行為意思が認められるかという文脈で問題となってきました。これに対して,本件では,統一的な労働条件の実現過程のもので,結果面での格差が問題となる事案ではありませんでした。その意味で,中立保持義務の問題となる局面がかなり異なっており,この義務の射程についての新たな論点をはらんでいるわけです。

 当初の提案以降の団体交渉については,判断は微妙なところがあります。大阪府労働委員会のように,誠実交渉義務違反はなかったとする判断もありえないわけではなかったでしょう。確かに11回も団体交渉をしているのです。とはいえ,全体的にみると,少数組合の質問に十分に答えていないなど,使用者の対応にはやはり問題があったとみられても仕方なかったと思います。構造改革に協力的な組合とそうでない組合とで,使用者の態度が違うことはわからないではありませんが,不当労働行為法理の下では,組合弱体化の意図まではなく,その意味で支配介入の成立は困難であったとしても,誠実交渉義務違反は認められても仕方がなかったのではないかと思われます。その意味で,中労委の判断は妥当で,またそれを支持した判旨も相当といえます。
 その他にも,論じるべきところがありますが,詳細は,そのうちジュリストに書くことになると思います。

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2011年12月17日 (土)

行政委員会の委員報酬

 12月15日に最高裁において,行政委員会の報酬の月額制を合法と判断する判決が出ました。地方自治法203条の2の第1項は,「普通地方公共団体は,その委員会の委員,非常勤の監査委員その他の委員……に対し,報酬を支給しなければならない」とし,第2項で,「前項の職員に対する報酬は,その勤務日数に応じてこれを支給する。ただし,条例で特別の定めをした場合は,この限りでない。」としています。
 滋賀県において,収用委員会,選挙管理委員会,労働委員会の報酬月額制について問題となり,大阪高裁は 月額制を違法としたのですが,最高裁は,大阪高裁判決をひっくり返しました。ただし,労働委員会と収用委員会については,争いとなった滋賀県については,すでに日額制になっていることなどを理由に公金支出差止請求は却下となりました。
 法的な争点は,上記の規定の第2項ただし書の解釈問題となります。原則は日額制ですが,例外として月額制も許容できる規定となっているからです。
 最高裁は,この点,次のように述べています。
「法203条の2第2項ただし書は,普通地方公共団体が条例で日額報酬制以外の報酬制度を定めることができる場合の実体的な要件について何ら規定していない。また,委員会の委員を含め,職務の性質,内容や勤務態様が多種多様である普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。以下「非常勤職員」という。)に関し,どのような報酬制度が当該非常勤職員に係る人材確保の必要性等を含む当該普通地方公共団体の実情等に適合するかについては,各普通地方公共団体ごとに,その財政の規模,状況等との権衡の観点を踏まえ,当該非常勤職員の職務の性質,内容,職責や勤務の態様,負担等の諸般の事情の総合考慮による政策的,技術的な見地からの判断を要するものということができる。このことに加え,前記1(2)の昭和31年改正の経緯も併せ考慮すれば,法203条の2第2項は,普通地方公共団体の委員会の委員等の非常勤職員について,その報酬を原則として勤務日数に応じて日額で支給するとする一方で,条例で定めることによりそれ以外の方法も採り得ることとし,その方法及び金額を含む内容に関しては,上記のような事柄について最もよく知り得る立場にある当該普通地方公共団体の議決機関である議会において決定することとして,その決定をこのような議会による上記の諸般の事情を踏まえた政策的,技術的な見地からの裁量権に基づく判断に委ねたものと解するのが相当である。したがって,普通地方公共団体の委員会の委員を含む非常勤職員について月額報酬制その他の日額報酬制以外の報酬制度を採る条例の規定が法203条の2第2項に違反し違法,無効となるか否かについては,上記のような議会の裁量権の性質に鑑みると,当該非常勤職員の職務の性質,内容,職責や勤務の態様,負担等の諸般の事情を総合考慮して,当該規定の内容が同項の趣旨に照らした合理性の観点から上記裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものであるか否かによって判断すべきものと解するのが相当である。」と述べています。
 そのうえで,次のように続けます。
 「本件における上記の諸般の事情のうち,まず,職務の性質,内容,職責等については,そもそも選挙管理委員会を始め,労働委員会,収用委員会等のいわゆる行政委員会は,独自の執行権限を持ち,その担任する事務の管理及び執行に当たって自ら決定を行いこれを表示し得る執行機関であり(法138条の3,138条の4,180条の5第1項から3項まで),その業務に即した公正中立性,専門性等の要請から,普通地方公共団体の長から独立してその事務を自らの判断と責任において,誠実に管理し執行する立場にあり(法138条の2),その担任する事務について訴訟が提起された場合には,その長に代わって普通地方公共団体を代表して訴訟追行をする権限も有する(法192条等)など,その事務について最終的な責任を負う立場にある。その委員の資格についても,一定の水準の知識経験や資質等を確保するための法定の基準(法182条1項,土地収用法52条3項等)又は手続(法182条1項,労働組合法19条の12第3項,土地収用法52条3項等)が定められていることや上記のような職責の重要性に照らせば,その業務に堪え得る一定の水準の適性を備えた人材の一定数の確保が必要であるところ,報酬制
度の内容いかんによっては,当該普通地方公共団体におけるその確保に相応の困難が生ずるという事情があることも否定し難いところである。」としてます。
 そのうえで,滋賀県の選挙管理委員会の委員業務について検討いていくのですが,労働委員会の業務とも関係する点として,次のような判示部分が注目されます。
 「広範で多岐にわたる一連の業務について執行権者として決定をするには各般の決裁文書や資料の検討等のため登庁日以外にも相応の実質的な勤務が必要となる」,「登庁日以外にも書類や資料の検討,準備,事務局等との打合せ等のために相応の実質的な勤務が必要となるものといえる。さらに,上記のような業務の専門性に鑑み,その業務に必要な専門知識の習得,情報収集等に努めることも必要となることを併せ考慮すれば,選挙管理委員会の委員の業務については,形式的な登庁日数のみをもって,その勤務の実質が評価し尽くされるものとはいえず,国における非常勤の職員の報酬との実質的な権衡の評価が可能となるものともいえない。なお,上記の争訟の裁定に係る業務について,一時期は申立て等が少ないとしても恒常的に相当数の申立てを迅速かつ適正に処理できる態勢を整備しておく必要のあることも否定し難いところである。」
 労働委員会においても,登庁日以外に多くの業務があり,特に不当労働行為の救済の命令文を書く作業は,公益委員会会議で検討する原案作成作業は,登庁日以外の日に行うのであり,こういう仕事をどう評価してもらえるのかが気になっているところでした。
 前にも書いたことがありますが,月額制の「額」についてはともかく,日給制にすぎべきというのは仕事の性質からして納得できないものがありました。さすがに最高裁判事は,こうした業務の実態に理解を示してくれたと思います。日額か月額かという争いはほんとうは筋が違うのであり(訴訟のあり方としてはやむを得なかったのかもしれませんが),問題とすべきなのは報酬額だと思います。ただ,報酬額の点についても,納税者の視点に立ったとしても(私も任期が来れば再任されない限り委員を辞めて一納税者に戻るのです),私は兵庫県の委員報酬は(滋賀よりも高かったのですが)高すぎるとは思っていません。絶対額で議論すべきではなく,仕事の専門性や重要性や責任の大きさなどで判断すべきなのです(もちろん事件の件数も県によって大きく違います)。それをどの程度の額に設定するかは,まさに最高裁が言うように議会の裁量なのです。県財政が厳しくなれば,その影響で減額があることは当然で,実際に,そうした減額も行われています。ただ委員として言っておくべきことは,労働委員会の委員の仕事は重責であり,本業を抱えながら,非常勤でこうした仕事をする時間を見つけるのに,多くの委員は苦労しています。適正な報酬を提示しなければ,良い人材に引き受けてもらえなくなるおそれがあります。県民としては,これが最も心配なところです。こうした裁判が提起されたことを契機に,逆に,労働委員会の委員の仕事ぶりに広く関心をもってもらえるようになれば,それはそれでこの訴訟に意味があったのではないかと思います。

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2011年12月16日 (金)

本日の学部ゼミ

 本日は,労働組合をテーマにしました。本日はゼミ見学の日で,見学者はたくさん来ていました(ゼミが始まるといなくなりましたが)。何人くらい来てくれるのでしょうか。定員は12名のはずなので,どっちにしても,たくさん応募してもらっても,セレクションにかけなければならないのですが。
 今日のテーマは,労働組合でした。ゼミ見学だから,もっと華やかなテーマのほうがよいとも思ったのですが,めぐりあわせでこうなってしまいました。いつものように,『雇用社会の25の疑問ー労働法再入門ー(第2版)』(弘文堂)と『雇用はなぜ壊れたのかー会社の論理vs 労働者の論理』(ちくま新書)の労働組合に関するところが素材です。
 学生にとって労働組合は身近ではないのですが,授業やゼミでは,しょっちょう登場します。ここは忌憚のない意見をということで,労働組合には未来があるか,という質問をしてみました。実は,学生が関心をもったのは,そういう大きなことよりも,チェック・オフとかユニオン・ショップについてですた。チェック・オフは,労働組合の勝ち取ったことだから,別に何が問題なの,という意見もありましたが,企業の手を借りて組合費を徴収するというのはおかしいという意見のほうが圧倒的に多かったです。ユニオン・ショップは賛否両論でしたが,賛成派においても,解雇をするという点には疑問を投げかけていました。解雇のないユニオン・ショップは,どういうものか,という気もしますが,気持ちはわかります。またユニオン・ショップをするなら,それに値する組合であれ,というような意見もありました。どういう組合がユニオン・ショップに値するのか,はっきりしませんが,これも気持ちはわかります。ユニオン・ショップで強制するのではなく,労働組合がない企業もあることから,企業に労働組合の結成義務を課したらどうか,という意見もありましたが,いくら自由な意見がありと言っても,これはちょっとどうかなと思い批判的な意見を差し挟みました。ただ実は,こういうとんでもないと思われる意見が,意外に重要であったりもするのです。
 ということですが,労働組合の未来は,結局,労働者の意識にかかっているということのようです。労働組合の幹部になりたがらないような組合員ばかりでは困るということです。とはいえ,できれば労働組合にフリーライドしたいという率直な意見もありました。なんとなく,労働組合でやっていくのは,面倒くさそうというイメージです。労働組合を支える労働者意識をどうしたら涵養できるかが問題ですが,それはほんとうに必要に限られたら,労働者はもっと労働組合運動にコミットしていくのでは,ということを言っておきました。
 ゼミでは,基本的には,企業別組合を想定していました。とりあえず日本的な経営や雇用慣行において,企業別組合がはたした役割は小さくないということを確認する必要があると思ったからです。ただ,それが非正社員の疎外などの問題となり,また終身雇用や年功型処遇が変容してくるなかで,企業別組合はどうあるべきかが問われているのだ,という基本的なところはゼミもわかってくれたと思います。それとの関係で,コミュニティ・ユニオンのようなタイプの労働組合をどう考えるかという点も問題となります。コミュニティ・ユニオンについては,これだけに焦点をしぼって議論をする必要があるでしょうね。
 実は今日は昼のLSの講義でも,労働組合の統制とチェック・オフを取り扱っており,また前回はユニオン・ショップがテーマで,ちょうど学部ゼミとテーマがかぶっていました。LSでは判例を中心に説明しましたが,随所に私見をはさみ,こういうことを許容している現行法をどう思うかという問いをなげかけました。洗脳にならないように,サブリミナル的ではなく,もう少し顕在意識というか理性に働きかけてみました。
 私の書いたものをよく読んでもらえばわかるように,私は,労働組合シンパです。現存するあれこれの労働組合のシンパというのではなく,労働組合という組織というか,そのコンセプトやモデルのシンパといったほうが正確でしょう。労働組合の行く末に期待と不安をもっています。
だからこそユニオン・ショップのようなものはダメと言っているのです。来年度のゼミこそ,組合の方を読んで,率直な意見交換をしてみたいですね。

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2011年12月15日 (木)

ロックアウト

 法学教室で連載していた「Live! Labor Law」の単行本化に向けた改訂作業が,昨日ほぼ終わりました。書名を新たにして,春には刊行されるのではないかと思っています。連載した24回分について,テーマはほぼ同じですが,懲戒や就業規則のところなど,原稿を大幅に書き換えたところもありますし,ほぼ全編にわたりかなり加筆修正をしました。そのため,秋以降は,かなりこの作業に時間を割いたのですが,今頃になってしまいました。何とか年内に仕上げるとKさんやTさんと約束したので,その約束ははたせそうです。
 連載は24本でしたが,単行本化にあたっては,1本書き下ろしを追加します。何のテーマを追加するかは楽しみにしていてください。いまはこの1本を残すだけで,これを書き終えれば,作業完了です。
 24本のなかの最後の改訂作業はロックアウトについてでした。ここ数日はロックアウトの法理のことばかり考えていました。やや地味なテーマですが,私は,判例が相当性を認めている防御型ロックアウトこそ不当労働行為であるという議論が気に入っています。イタリアの議論がそうなのですが,ところ変われば,まったく議論が逆になるところなど,比較法研究の醍醐味です。そういった論点を突き詰めていくと,日本法の解釈の盲点となっているところなどが見えてきて,新たな発想が湧いてくることが多いのです。
 この本では,講義形式で25回やるというものですが,通説とは違うことにも果敢にチャレンジして語っています。学生に語る形式ではありますが,内容は研究者にも読んでもらいたいものになっています。そのうち,このブログでも,詳細に紹介してみたいと思います。
 それにしても思ったのは,自分が以前に書いたことをすっかり忘れていて,読み直していると,面白いことを書いているなと驚いている自分がいることにまた驚きます。2年くらい前の原稿でも,自分の書いた内容を完全に忘れているとは,どういうことなのでしょうかね。
 

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2011年12月14日 (水)

将棋棋戦フラッシュ

  リコー杯女流王座戦でついに加藤桃子1級が勝ちました。3勝2敗で,清水市代女流6段を破りました。最近,清水は,里見香奈女流3冠に勝てずに第一人者の座を奪われつつありましたが,これまでの実績からみると女流棋界ではナンバー1の存在と言えました。それが,子供くらいの世代の16歳に敗れてしまったのです。加藤新女流王座は,奨励会で男性棋士にもまれてプロ棋士を目指しています。里見女流3冠も,同じく奨励会に入ってプロ棋士を目指しています。おそらく評価としては,里見の女流3冠よりも,女流王座のほうが価値が高いものでしょう。ということで,現在の女流棋士の最強は加藤ということになります。これから,まだ10代の里見と加藤のライバル対決が長く続くでしょうね。どちらが先にプロ(棋士の4段。女流棋士と棋士とは違います)になるでしょうか,楽しみですね。
 竜王戦は,渡辺明竜王が勝って8連覇です。これは,すごいです。実力者の丸山忠久9段をまったく寄せ付けなかったですね。もちろん丸山9段の竜王戦挑戦もすごいのですが,A級順位戦は大苦戦です。
 このA級順位戦で,わが谷川浩司9段は,渡辺竜王に勝ちました。おおかたの予想では,今の勢いからすると渡辺勝ちだったのですが,谷川9段が意地を見せました。渡辺竜王は名人挑戦も狙っていただけに意気消沈のようです。谷川は,過去の2年のA級は4連勝をした後,5連敗でしたが,今年はついに5勝目をあげて,名人戦挑戦候補の2番手になりました。先月1敗した郷田真隆9段戦も,ほとんど勝っていた勝負で,谷川9段らしく攻めに行っての負けなので,本気を出せばまだまだ強いというところを見せています。名人候補1番手の羽生善治2冠は6連勝ですが,羽生・谷川戦が残っているので,自力でプレーオフのチャンスがあります。年明けになっても名人戦挑戦の可能性が残っているというのは久しぶりで,素晴らしいことです。残り3戦頑張って欲しいですね。
 王将戦は,豊島将之6段が2年連続の久保利明2冠への挑戦権をほぼ確実にしていたのに,なんと大逆転で,佐藤康光9段が挑戦権を得ました。豊島6段は直接対決で佐藤9段に勝っていたのに,最終戦で渡辺竜王に負けて,羽生2冠と広瀬章人7段という難敵を連破した佐藤9段とプレーオフになり,そこで敗れました。大逆転といってよいでしょう。佐藤9段は前年,豊島に敗れて挑戦を逃した経験があるので,土壇場の大一番で雪辱しました。これに勝たなければ,何の意味もないという勝負で勝てるかどうかが重要で,豊島6段は将棋の怖さを知ったのではないでしょうか。関西の若きエースは,順位戦もやや苦戦していますが,これから頑張って欲しいです。
 

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2011年12月13日 (火)

燃えよ剣

 司馬遼太郎『燃えよ剣(上)(下)』(新潮新書)を読みました。
 以前に函館に行ったとき,五稜郭の横のタワーに,土方歳三の写真がかかげられており,多くの人(特に女性)が,その前で写真をとっていました。土方の人気はすごいです。その人気は,この本によるところも大きいのではないかと思います。
 新選組といえば近藤勇ですが,その副長であった土方が,この組織を実質的に仕切っていました。関東の多摩から,将軍の護衛を担当するために京都に行き,新選組が結成されました。その活躍というか,恐ろしさは天下にとどろいたそうです。その後は鳥羽伏見の戦いでは,薩長と戦いますが必勝の戦いに敗れてしまい,将軍慶喜が大坂(現在の大阪)から江戸に逃げた後も,江戸に移り北上して,幕臣として新たな政府軍と徹底的に戦い続け,最後は函館で散ります。
 男に生まれてきたら,こんな人生を送りたいとあこがれたくなるような人物です。司馬遼太郎は「喧嘩屋」としての人生を全うした土方を,実に魅力的に描いています。土方の喧嘩は半端なものではありませんでした。新選組の頃は剣で,鳥羽伏見の戦いから始まる戊辰戦争では,洋式の戦い方で,「喧嘩」を続けます。武士になりたかった土方は,ついに幕臣となり,出世をし,滅び行く幕府のために戦い続けるのです。戦争には負けても,土方自身は,負けず生き延びてきました。そのひたすらシンプルで,強い生き方には,感銘を与えます。
 幕末,外国の脅威の下,日本をどういう方向に進めようとしたらよいのか,当時の支配階層の者は悩み,模索し,そして多くの血が流されました。ただ,土方の新選組は,そんな政治的な思惑や思想,歴史観とは無縁でした。だからシンプルでいれたのかもしれません。
 箱館(現在の函館)戦争では,榎本武揚を総裁とする箱館政権で幹部となり,やはり戦い続けます。最後は敗色濃厚であり,榎本を始め幹部は降伏を考えていたものの,薩長を中心とする政府軍への降伏を避けられないとして,死を覚悟して35年の短い人生を終えます。他の幹部達は誰も命を落とさず,内乱の一番の責任者であった榎本も助命されて天寿をまっとうします。一人潔く散っていった土方に,何とも言えないものを感じてしまいます。
 それにしても,司馬遼太郎の筆が冴えます。お雪との恋の物語は涙なしでは読めないでしょう。近藤勇や沖田総司との友情も,巧みに描かれています。特に下巻では,土方が必死の戦いを続けながらも,時代はとうに土方を見捨てており,どうにもならない運命の下,確実に死に向かっているところが,なんとも悲しく描かれています。
 有名な本ですが,今まで読んだことありませんでした。時間を忘れて読みました。☆☆☆☆

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2011年12月12日 (月)

師走

 もうすぐルミナリエも終わり,神戸は,いよいよ年末へのカウントダウンです。ボーナスも出て,クリスマス・イルミネーションも綺麗で,街は盛り上がっています。忘年会で酔っ払った人にもよくあいます。ちょっと前の自粛ブームはふっとんで,かなり活気があります。その一方,年内に今年の仕事は終えておこうというような,変な区切り意識もあって,それが心理的に人々を追い詰めているということもあるかもしれません。
 私は,それほど付き合いが広いわけではありませんので,忘年会といっても,それほどの数はありません。今年はあまり肝臓を気にしなくてよさそうです。でも,なんとなく12月は忙しいです。やっぱり区切り意識によるものでしょうか。連載の締切も今月は早めに設定され,私も先週中に原稿は書き上げました。あとはなんとか年内に有斐閣の2本を仕事(1本は原稿提出,1本は初校ゲラの完了)を終えて,余裕があれば,その他のものも出来るだけ進めておいて,お正月を迎えたいです。
 と言いながら一つ忘れていることがありました。東大の研究会での報告です。えらい時期に引き受けてしまったと後悔です。事件名は幹事に指定してもらったのですが,今日やり始めると分量が多くて,たいへんということがわかりました。準備が間に合うか心配です。その他,来年は初めのほうに,イタリア関係のちょっとハードな仕事が待っていて,準備に追われそうです。詳細は,またこのブログでも紹介することがあるでしょう。

 皆さんも身体をこわさないように,よいクリスマスを迎えましょうね。

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2011年12月11日 (日)

兵庫労使相談センター

 先月,兵庫労使相談センターの15周年の記念行事がありました。中央労働委員会から,菅野和夫会長が来られて,講演をしてくださりました。私は授業と会議の関係で講演会は出席できなかったのですが,懇親会には参加できて,久しぶりに先生とお話しすることができて良かったです。
 兵庫県労働委員会は,東京と福岡と並んで,個別労働紛争を扱っていないところであり,ちょっと遅れているように言われることもあるみたいですが,兵庫には労働委員会のOBの方達が中心となっている兵庫労使相談センターというものがあり,ここで個別労働紛争が扱われているのです。県民としては,形はどうであれ,しかるべき機関が紛争解決にあたっていることが重要であり,しかも労働委員会と兵庫労使相談センターとは密接な関係があることを考えると,特に兵庫県がこの面で遅れているとはいえないと思います。むしろ,労働委員会を集団的労使紛争の解決という本来の業務に特化できるようにしていることからすると,兵庫県のやり方こそ理想的といえるかもしれません。
 特にそう思うのは,兵庫県労働委員会では,難しい審査事件が次々と来て,委員のエネルギーも仮にこれに費やされているからです。私自身も,研究者としても,非常に貴重な勉強をさせてもらっています。教科書に書き加えなければならない理論的課題も次々と出てきています。
 私は大学院時代に最初に判例評釈したのは不当労働行為事件でしたし,修士論文は,イタリアの不当労働行為制度を扱いましたが,それでも日本の不当労働行為実務については,今から思えば,何もわかっていないに等しかったです。不当労働行為は難しいということで,判例解説本の執筆依頼で第二鳩タクシー事件が割り当てられたときには,断ったこともありました。そんな自分が,労働委員会の仕事をするようになり,不当労働行為に関する問題にこれだけ時間を費やして考えるようになるとは,人生というのは,ほんとうに先のことはわかりませんね。

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2011年12月10日 (土)

白村江の戦いの教訓

 663年,当時,倭国であった日本は,中国の大国であった唐と新羅の連合軍と戦って大敗しました。日本史で習いましたね。朝鮮半島は,新羅,高句麗,百済の三国時代で,白村江の戦いの前の段階で,すでに唐・新羅連合軍により百済は滅亡させられていた。当時の倭国の中枢勢力は,百済との関係が深かったため,百済再興を期して戦ったが,敗れたのでした。
 中国の威力をまざまざと知らされたわけです。よく唐に征服されなかったことです(高句麗は,白村江の戦い後,滅ぼされます)。当時の中大兄皇子(後の天智天皇)は,唐の侵攻をおそれ,防衛体制を強化すると同時に,唐を学びながら,天皇を中心とした国の体制の強化を図り,倭国は,まさに日本に変わっていきました。日本国の形作りが行われたのです。
 中国は時代によって,その存在感に多少の差はあるものの,ずっと日本の隣にいる大国であったことは事実です。日本は領土を奪われたことはないはずですが,その脅威には晒されていました。漢民族の国家ではありませんが,元の時代の元寇は,神風に救われただけで間一髪のところでした。20世紀前後から,女真族の征服王朝の清が弱体するなか,日清戦争で勝利したり,中国が共産主義体制にある間に,日本はアメリカの経済的に大差をつけたりするなど,日本のほうが優位に立ったようにみえるところもありましたが,歴史的にみると,それは実は僅かな期間にすぎないと思われます。
 中国は脅威ではあるものの,日本というものを見直し,国力を高めさせてくれる存在でもあるのです。好き嫌いはあるのですが,存在している以上,この中国という国と向き合いながら,日本のあり方を考えることが,いま求められていると思います。白村江のころは,天智天皇がいて,その死後,古代最大の内乱ともいえる壬申の乱があり,天武天皇が即位して国を堅め,さらに妻の持統天皇が即位するなど,すぐれた統治者(ここでは,民主的という意味で,すぐれていたということではありません)が続きました。現代社会では,天皇中心の国家体制にするというのは適しませんし,新しい大阪市市長的な独裁的な政治家が出てくることも避けたいですが,いずれにせよ,日本というものを,その歴史的な位置づけもふまえながら,真剣に考えてくれるスケールの大きなリーダーが登場してくることが待望されているような気がします。国内のちまちました政局ばかりにこだわっているようでは未来がありませんね。

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2011年12月 9日 (金)

オリンパス問題

  オリンパスがたいへんなことになっていて,内部告発制度が問題となっていますね。私は,内部告発の問題にかなり前から関心があって,日本労務研究会から,私が編者となって『コンプライアンスと内部告発』という本を出したほどです。私は,この本のなかで,内部告発(内部から外部への通報)が大事なのではなく,重要なのはコンプライアンスの実現であるから,会社の内部通報(内部から内部への通報)こそが大事で,それへと誘導する法制が必要であるというスタンスで原稿をしました。これまで,その考え方は変わってきていませんし,公益通報者保護法も,内部通報を重視する内容の法制度を定めたのです。
 ところで,朝日新聞の報道によると,オリンパスは,会社トップが,コンプライアンス通報制度の整備に難色を示していたそうです。内部通報制度は,会社の外部の弁護士とか第三者が通報の窓口になることが通常想定されているはずですが,それをいやがる経営トップがいると,内部通報制度は機能しないことになるでしょう。私はいつも,まともな会社は,コンプライアンスやCSRが言われる時代では,信頼にたる内部通報制度を整備するはずだと述べていたので,オリンパスのケースには,かなり戸惑いを感じています。
 オリンパスは,どうしてリスキーな外人社長の採用をしたのだろうという疑問を述べる意見もありますが,むしろ,今回の例からは,内部告発の重要性を再認識させられます。社長の告発なので,公益通報者保護法の保護範囲には入ってこないとは思いますが,動機はともかく,勇気ある行動であったのでしょう。ただ,これは同時に,私の内部通報制度の整備への期待というのは,過大なオプティミズムであったということを示すことにならいかという不安にもかられています。これが,偶然の突出した事例であると信じたいですが,やはりこれも過大なオプティミズムなのでしょうか。このあたりのことは,もう少しディープに書きたいのですが,もろもろの自分の立場から,ちょっと書くことは控えておきます。

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2011年12月 8日 (木)

温度問題

 女子大の講義で,いま深刻な問題に遭遇しています。それはエアコンの温度問題です。私はもとも暑がりなのですが,今年は特にひどいです。体温調整がうまくいっておらず,自律神経もおかしいようなのです。下半身は冷えて,頭のほうはのぼせています。頭寒足熱の真逆です。
 女子大生は寒いというので,暖房がよく効いているのですが,私は上着を脱ぎ,ネクタイをゆるめ,シャツをまくりあげて,汗をずっとハンカチで拭きながらフラフラになっています。教室が狭くて,学生が多く,喚起がよくないという3つの悪条件が重なっているからでしょうが,ちょっとつらいです。
 LSの学生は,私が暑そうにしているので,9月や10月は,授業の途中で,冷房をつけてくれたりして,配慮をしてくれていました。教室の横にエアコンのスイッチがあるのです。でも学生が寒く感じるのなら,申し訳ないような気がしています。特に女子学生は,寒そうな感じもあり,可哀想な気がしています。よく夫婦でエアコンの設定温度でもめるということを聞きますが,教室でもそういう問題となりそうです。そういえば,老若男女がいる大学院の研究室での温度設定も,バトルがあるということを,院生から聞いたことがあります。おそらく,あちこちの職場でもそういう問題が起きているのでしょう。
 前に夏の講義が暑いと書いたことがありますが,冬もそういう問題があるのです。夏あれだけ節電といったのだから,冬もそうかと思うと,暖房は電車などでも比較的がんがんつけているような気がします。電車の暑さも,ときにはほんとうに辛いことがあります。冬は上に重ねて着ることができるので,冬こそ温度を低めに設定してほしいです。
 とはいえ,悪いのは私の体質なので,文句ばかりを言っていてはいけないのですが,QOLの観点からも,本人にとっては深刻な問題です。やせれば解決するでしょうか。漢方薬で治せるでしょうかね。

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2011年12月 7日 (水)

先日の学部ゼミ

 先日のゼミでは,拙著『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第2版)』(弘文堂)の第27話「社員の利益を守るとは,どういうことか」を素材にして,議論をしました。労働者保護とは何か,というのは,労働法の根幹にかかわるテーマですが,特にゼミでは,株主の利益との関係というものを意識した議論をしました。資本の論理の荒波のなかで,労働者の利益をいかにして守のか,労働法はどうあるべきか,ということです。アメリカと日本のコーポレートガバナンスの違いなどを考えながら,日本企業の特殊性はどういうものか,労働法というのは,そういう日本企業をとりまく利害状況のなかにあって,そのあり方を考えていく必要がある,というようなことを学んでもらいました。
 私のこだわったウィン・ウィン・モデルには,学生の反応はあまりよくなかったような気がします。私の本の中には,いわばマイナスのウイン・ウインと呼べるようなことも議論していて(規制があっても,それを潜脱することに労使双方の利益があれば,規制は実効性をもたないので見直しがあってもよいという議論),これの評判がよくありませんでした。確かに,これをウィン・ウィンで論じるのは,ちょっと誤解を招くかなと思い反省しています。ウィン・ウィンは,やはりもう少し積極的なプラスの面から議論したほうがよいでしょうね。ただ,それでも,企業と労働者との間のウィン・ウィンなんて,本当に可能なのか,ブラック企業との間でウィン・ウィンなど可能なのか,といった疑問も出されました。
 これらには反駁も可能ですが,学生の素朴な反応を見てみると,やはりウィン・ウィンの議論は,もっとブラッシュアップする必要があると痛感しました。

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2011年12月 6日 (火)

LSの講義

 LSの講義も,LSのゼミも3分の2が終わりました。講義のほうは,個別法はほぼ終わりました。相変わらず,週2回のペースで,どんどん進んでいっています。昨日は労災がテーマでした。判例の検討もしましたが,不支給決定が裁判所で取り消されることがよくあるのはなぜだろうと考えさせるところに時間をとったり,学部ではやらないような考える授業も取り入れています。労災のところは,制度説明にどうしても時間がかかるので,『労働法学習帳(第2版)』(弘文堂)を存分に活用しました。また判例は,『ケースブック労働法(第6版)』(弘文堂)では少ないので,『最新重要判例200労働法(増補版)』(弘文堂)は労災に関する判例を豊富に載せているので,それをざっと概観することもしました。ということで,今回は特にサブテキストに活躍してもらいました。
 ゼミのほうは,人事異動とワーク・ライフ・バランスをやりました。『労働法演習ノート』(弘文堂)の設問を素材に検討をしました。特に,出向中の懲戒権の帰属は難問なので,少し時間をかけて議論をしてみました。といっても,よくわからないところは残るのですが。ワーク・ライフ・バランスの設問では,賞与の額が収入のどれくらいを占めるかわからないという指摘があり,確かにそうだと思いましたので,改訂版が出れば改善したいと思います。『労働法演習ノート』は,設問はかなり練り込んだつもりでも,やはり実際に授業で使うと,いろいろ直したいところが出てきますね。
 懲戒については,先週あたりからずっと頭の中に引っかかっています。有斐閣の法学教室の『Live! Labor Law』の単行本化に向けた改訂作業でも,実は懲戒の章で止まってしまっています。考えれば,考えるほど,わからなくなっていて,原稿をちょっと寝かしている状況です。要するに,懲戒処分とは何か,ということで悩んでいるのですが,たとえば戒告や譴責と懲戒解雇は,機能や性質も違いますし,降格のように懲戒かどうかの判別が困難なものもあります。懲戒解雇は懲戒か解雇かという古くある論点も,いまいちど新たな視点で捉え直せないかと考えています。また懲戒権の有効要件としては,根拠は固有権で,行使要件として契約上の根拠が必要という立場で固めているつもりですが,ほんとうにそれで一貫できるのかなども,しつこく考えています。懲戒については,かつての花見忠先生の研究など,いろんな学説がありますが,もう一回,きちんと整理する必要があるなと思っていますが,これは文献研究に期待しましょう。

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2011年12月 5日 (月)

女性と女子

 とこかで書いたような気もしますが。男女雇用機会均等法や労働基準法から,「女子」という言葉が消えて「女性」になってから,もう10年以上経ちます。「女子」というのは差別用語だったのかもしれませんが,「男子」という言葉も使っていれば同じという気もします(改正前の労働基準法4条など)が,ともかく「女子」⇒「女性」になりました。会社の若い女性従業員を「女の子」と呼んだりしてはならないそうですが,私のいつもの狭い範囲でのリサーチによると,「女の子」と呼んでもらってかまわないという人が圧倒的でした。まあ,セクハラと同じで,誰が,どのように言うかが大切なのかもしれません。
 最近では「女子会」などがあり,立派になった妙齢の女性でも「女子会」を開いてよいそうです。あなたは既に年齢が高いから「女子会」割引はありませんなどとは,店の人は口が裂けても言えないでしょう。ということで,時代は,女性から女子なのかもしれません。女性の立場からすると,女子のほうがフェミニンで,可愛いということのようです。日本女性,あるいはアジア女性にとって,「可愛い」というのは重要な概念のようです。可愛いおばあちゃん,というのは,かなりの誉め言葉です。考えようによっては,気持ち悪い言葉なのですが。
 年齢を重ねるに連れて,幼さが取れ,大人びてくるということが,男性には求められますが,女性は,幼さはある種の美徳となっているのかもしれません。このあたりまでは,誰でもやっている分析でしょうが……
 私は「女性」や「男性」の「性」という言葉が,いやらしいと思うのです。これが嫌われている可能性はないでしょうか。「性」という言葉だけを単独で書くと,セックスを想像させるわけで,それに「女」という言葉を付けると,余計にいやらしい感じがしてくるのです。考えすぎだというツッコミが山のように来るのは承知していますが。ということで,私は以前に書いた『雇用はなぜ壊れたか-会社の論理vs. 労働者の論理』(ちくま新書)の第2章「男と女」では,あえて「性」をとって,「男」,「女」と表記しています。

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2011年12月 4日 (日)

ヴァンダル興亡史

 東ゴート族の話が面白かったので,今度は,同じ著者の松谷健二『ヴァンダル興亡史』(中公文庫)を読みました。ヴァンダル族は,ゲルマン民族の一種でスウェーデンあたりにいたのが,スペインを経由して,西ローマ帝国末期に,5世紀当時,ローマの穀倉であった北アフリカに王国を建築しました。その立役者がゲイゼリックでした。北アフリカ(およびサルデーニャ)に蛮族のヴァンダル族が王国を築いたというのは,すごい話で,ロマンがあります。もちろん,征服されたほうは,たまったものではなく,ゲイゼリックはローマも略奪しており,ヴァンダル人は,イタリア語ではvandalo ですが,野蛮人という意味もあり,vandalismo は破壊主義という意味になっています。ヴァンダル族は野蛮人の代表となっているわけです。英語でも,vandalism は同じ意味です。しかし,ほんとうに,そこまで破壊主義的な民族だったのでしょうか。おそらくは,ヴァンダル族は,どの民族も昔からやってきたことをしたにすぎず,たまたまローマ側の立場からの歴史資料が残ってしまったために,特にヴァンダル族が野蛮という烙印が押されてしまっただけではないか,というのが,この本のメッセージでもあります。
 ヴァンダル王国の寿命は短かく,100年くらいです(533~4年滅亡)。最後は,東ローマ帝国のベルサリウス将軍に滅ぼされました。ユスティニアヌス1世の治世の時代です。最後の王のゲリメルは,生け捕りにされましたが,処刑されず,東ローマ帝国から土地を与えられて生きながらえたそうです。 
 『神の国』で有名なアウグスティヌス(この人の人生にも興味ありますが)は,北アフリカのヒッポ・レギウスの司教でしたが,反カトリックのヴァンダル族に侵略されつつあるなか死去したそうです。カトリックの人は,アウグスティヌスの遺品などを守るために,それをサルデーニャに移したというようなことが,たしか塩野七生の本に書かれていたような気がします。
 アンダルシアという地名は,ヴァンダルから来ているという説が有力です。スペインを初めとして,カトリック世界に及ぼしたファンダル族の影響は,vandalismo という象徴されるように,ヨーロッパにはまだ根深く残っているのかもしれません。☆☆☆

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2011年12月 3日 (土)

学部ゼミ

 1週間ずれましたが,先週は,成果主義をテーマにしました。いつものように,拙著『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第2版)』(弘文堂)の第16話「成果主義賃金は,公正な賃金システムであろうか」と,拙著『キーワードからみた労働法』(日本法令)の第16話「成果主義」を素材にしました。成果主義は,毎年やっているテーマで,個人的には,ちょっとマンネリになっていたので,今回は,成果主義について賛成派と反対派に分けて,ディベート方式でやることにしました。私のゼミは,一問一答的で,ディベートをやったことはほとんどなかったので,斬新でした。
 出席者20名で,賛成7名,反対13名であり,最後まで,移動はありませんでした。成果主義といっても定義はいろいろあるのですが,ここでは理念型としての成果主義と年功主義というものを対置させて議論することにしました。賛成派は,若者に分配を回す必要あり・高年齢者がもらいすぎ,個人の頑張りへのインセンティブになる,勤続年数が短い女性などに有利,雇用の流動化にも対応しやすい,ハイリスク・ハイリターン的な働き方の受け皿となるなどの理由をあげており,他方,反対派は,生活給の重要性(賛成派からは,若いときに貯金をすればよいという反論あり),大器晩成の人に適合的,企業の教育訓練のインセンティブとなるとし,成果主義への批判として,年収が変動的になることはよくない,働きすぎを促進して健康障害を引き起こす(賛成派は,年功型であっても働きすぎはあるという反論),パイが増えなければ,ぶんどり合戦となって非効率,長期的な目標を設定しにくい,人事異動に抑制的,などの理由があげられました。
 根底には,個人主義的な働き方を是とするかどうかという問題もあり,現在の集団主義的な働き方であれば,成果主義の評価は難しいという指摘もありました。また,そもそも(顕在化された)能力で評価するという発想は良いことなのか,という根本的な疑問も指摘されました。
 成果主義のもつインセンティブの重要性は誰も否定しないところですが,それと学生が好む安定性とをどう調整すべきか,という話になって,結局は,両者を組み合わせればよいというようなところに議論は収束していった気がします。私は,『25の疑問』の第16話の最後で,競争によるインセンティブと安定の両方を付与していたとして,従来の年功型を評価するようなことを書いていており,それに近い結論になってしまったような気がします。

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2011年12月 2日 (金)

労働市場改革のミッション 

 小嶌典明『労働市場改革のミッション』(東洋経済新報社)の読書ノートについて,日本労働研究雑誌617号に掲載されました。ずいぶん前に,このブログでも予告していましたが,ようやく掲載となりました。遅れてしまい,小嶌先生他関係者の方にご迷惑をかけました。その割には,気の利いたコメントが書けているわけではないので,余計に申し訳ない気がします。何を書いたかは,雑誌を読んでいただきたいのですが,いろんな意味で小嶌先生らしい本だと思いました。
 617号は,評価がテーマです。解題は,平野光俊先生の力作で,これだけでも十分に読む価値があるでしょう。法学には,取扱いが難しいテーマですが,関西学院の柳屋孝安先生に寄稿していただいています。
 日本労働研究雑誌の編集委員を離れてから3カ月以上経ちましたが,まだ自分が編集会議で企画に参画していた号が残っています。ただ,もうそろそろ自分の関与していない号が出ることになると思います。そうなると,ほんとうに日本労働研究雑誌から離れたのだなという感じになるのでしょうね

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2011年12月 1日 (木)

写真は嫌い,なのに・・・

 私は若いころから写真嫌いで,あまり写真が残っていません。いま死んでも,遺影にするような写真はないかもしれません。就職してからは写真をいやいや撮らされることが多くなりましたが,つとめて写真の掲載は避けるようにしてきました。ところが,その大きな転機が来ました。新潮新書を出すときです。私は最初はよく写真のことはわかっていなかったのですが,原稿の校正も終わり最後の段階で言われて,困惑しました。事前に新潮新書を見ていればわかっていたことだったのですが,迂闊でした。いまさら断ることもできませんでした。新潮社でも写真撮影できると言われましたが,それよりは何度でも撮り直しができるほうがよいと思い,大学の職員に教員控室でデジカメで撮ってもらいました。その写真が良かったかどうかわかりませんが,割と気に入ったので,その後は何かあれば,その写真を使ってもらうこともありました(現在連載している労務事情では,どうしてもと言われたので,この写真を使っています)。
 とはいえ,これは例外で,やはり写真はイヤと思っていたのですが,今度は,月刊宝島という雑誌に出ることになり,そのときの取材はカメラマンが来て撮っていきました。この写真は私にとってはまったく気に入らず,やっぱり写真は嫌いとなっていました。次に来たのは,月刊プレイボーイです。これは日本労働研究雑誌の編集会議をやっていた当時の虎ノ門のオフィスに来てもらい,取材の後,本格的な撮影となりました。これも写真撮影のことを事前に知らず,突然の撮影でした。ただ,白黒でしたが,割と気に入ったものになりました。また,1年後くらいのダイヤモンドのときは,東京の常宿で取材を受け,そのホテルの外で撮影したものでした。これはデジカメでの撮影でしたが,雰囲気が良かったせいか,それもまずまずの写真でした。このときも写真撮影のことを知りませんでした。よく考えると写真撮影のことを事前に言うところは珍しいと思います。事前に言うと嫌がられるからでしょうかね。
 とはいえ,その後も,雑誌に寄稿するときに写真の提出を求められるのですが,できる限り断ってきました。しかし,ついに断り切れなかったのは,Business Law Journalに出るときです。これは雑誌の中の割と大事なところに出るということでしたので,あきらめて写真を載せることにしました。今度は,大学の建物の前で,美しい二人の女性職員に撮ってもらいました。こういうことでもなければ,写真撮影なんて,やってらせまんよね。夏の暑いときだったと思いますが,ジャケットを着ずに,ピンクのシャツを着ているラフな姿でした。私は特に気に入っているわけではありませんが,撮ってくれた人が良かったのか,これを見た人からは,私らしいと言われています。どうしてもと言われたら,いまではこの写真を使ってもらうようにしています。
 今回のプレジデントにも写真を載せてしまいましたが,わざわざカメラマンが大学まで来られているので断れませんでした。応接室で本格的な撮影となりました。雑誌に出るだけかと思っていたら,新聞広告にも写真が使われていました。しかも,雑誌に載ったのと新聞広告では違う写真でした。新聞のほうは,有名人の写真の中に私の写真が出ているので,私を知らない人は,違和感をもったでしょうね。新聞広告に写真が出ることまでは承諾したたつもりはなかったのですが……。まあ新聞に顔が載るなんていうのは,よほど立派なことをしたときか,悪いことをしたときしかないので,広告くらいに載るのは人生の思い出に悪くないかもしれないと,いまは前向きに考えています。
 ところで,いまの若い人は写真に撮り慣れていますよね。女の子などは,バチっと決めのポーズをします。でも,あまりにみんなピースをするので,先日のゼミの合宿や卒業のための写真撮影では,ピースを禁止してみました。ピースなしで表情を作ってという苛酷な指令を出したのです。みんな苦労していたようですが,悪くなかったのではないでしょうか。学生は不満をもっていたかもしれませんが…… 

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