« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

2011年8月31日 (水)

君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと(改訂版)

 やっと『君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと』の改訂版が出ました。Amazonでは画像がまだ出ていませんが,グリーンの本です。だいぶん前に予告をしていたのですが,最後の作業がかなり難航して,ついに今になってしまいました。今回の改訂版では,出版社が初版の日本労務研究会から労働調査会に変わりました(ただ両者は密接な関連があるので,実質的には同じところから出したという感じですが)。それから,サイズが小さくなりました。イラストも変わりました。一番大事な内容については,基本となる部分は前とそんなに変わっていませんが,いろんな方の意見を聞いて,読みやすいように書き換えた部分はかなりの量になっています。スタイル面では,会話調のものを3つほど取り入れて,読みやすくしました。
 この本のコンセプトは高校生にもわかる労働法です。情報は必要最小限におさめています。研究者としてこだわりたいようなところも,こだわっていません。最近は類書も増えていますが,ほんとうに必要な最小限の情報が詰まっている本(というか冊子のようなものですが)と自負しています。女子大で一般教養としての労働法を教えた経験からすると,まずは彼女たちに関心のある情報を提供してやるのが一番です。そこから徐々に難しい内容にと誘導していくことが必要です(いつも言っていることですが・・・)。
 高校生向けなら,社会人には関係ないと思われる人もいるでしょうが,それがそうではないのです。いま社会人として働いている皆さん。この本の内容のことを本当にすべて理解しているでしょうか。実は知らなかったということも,結構,書いてあると思いますよ。そういう感想は初版のときからよく聞いています。値段も800円(税込みで840円)と手に入れやすい価格です。
 さあっと読むと1時間ちょっとで読めてしまうでしょう。800円で,1時間ちょっと時間をつぶせて,少しだけ賢くなれるというのはお得ではないでしょうか。ちょっと宣伝しすぎましたかね。
 労働調査会からは,もう次の企画が進行中です。類書がほとんどないオリジナリティのあるものだと思っています。もう少し企画が詰められレば,ご紹介しますが,まあ今回の本よりも,ほんの少しだけレベルを上げた入門書というような感じです。そして,ターゲットは女性です。私が書けばどんなものになるでしょうか,自分でも楽しみです。それから,日本労務研究会からも,現在「労働基準」という雑誌で連載している「いまさら聞けない雇用のルール」を単行本化する予定です。どちらの本も,そう遠くない時期の刊行をめざしていますので,ご期待ください。

|

2011年8月30日 (火)

甲子園観戦

 イチローが残り30戦で49本ということなので,1本打つ試合と2本打つ試合がどれだけ必要かを,つるかめ算で計算しました。(30×2ー49)÷(2ー1)=11ということで,1本打つ試合が11日,2本を打つ試合が19日ですね。なかなか厳しいです。タコの試合があればもっと厳しくなるし,3本くらいの固め打ちがあれば楽になります(当たり前)。今年は調子が悪いので200本は無理と思っていましたが,それでも実現可能性のあるところまでもってきたのは,さすがにイチローですね。さてどうなることか。
 ところで,わが阪神ですが,28日の日曜日に,D大学(K大学名誉教授)のM先生にお誘いいただき,甲子園球場のロイヤルスイート席で観戦してきました。相手は首位のヤクルトですが,阪神はヤクルトには強いのです。ロイヤルスイート席は,はじめての経験でとても良かったです。部屋の中で酒を飲みながらテレビ観戦し,良いところになるとベランダに出て直接観ていました。外に出るときには,飲み物はガラス容器で持ち出してはならないということで,いちいち容器を入れ替えるのは面倒でしたが。甲子園球場で,3時間ほど,阪神のことを熱く語りながら,阪神戦を観るというのは,とても贅沢なことでしたね。阪神電鉄関係の方もフレンドリーで良かったです。神戸大学法学部からも,けっこう阪神に就職しているみたいです。
 肝心の試合のほうは,イライラするような内容でしたが,1対0で勝ちました。メッセンジャーは健気でしたね。味方の貧打にもくさらず7回まで10三振をとりました。500試合登板の藤川を見ることもできました。6月に甲子園に行ったときは負けゲームだったので,藤川が見れなかったので。それにしても4番新井は最悪でした。真弓監督は,新井にもバントをさせるべきですね。結局,阪神にはマートンやブラゼルも含めた外人部隊と平野しかいないのか,という感じの試合でした。というように,不満はいっぱいありますが,それはタイガース愛から来るもので,そういうことを心おきなくファン同士でぶつけあうことができたのも良かったです。
 もうこんな贅沢な時間をもつ機会はないのでしょうね。ほんとうに良い思い出になりました。お土産に甲子園カレーをいただきましたが,前にこのブログで,甲子園カレーはまずいと書いてしまっていたので,ちょっと気まずかったです。悪口を言うと,バチがあたりますね。

 それから,室伏選手金メダル,おめでとう。あなたは日本のスポーツ史上に残るアスリートです。
 

|

2011年8月29日 (月)

外国人の名前

 世界陸上がらみです。以前にこのブログで書いたこともありますが,外国語の日本語表記です。日本語には片仮名というものがあり,中国のように漢字をあてはめなくてよいというメリットがあるのですが,ちょっと今朝の棒高跳びを見ていて首をかしげることがありました。ドイツの選手のことを,「シュピエガルバーグ」と呼んでいるのです。解説者も言いにくいそうでした。アナウンサーはなめらかに言っていましたが,なんだか変だと思って,選手のゼッケンを見ると,Spiegelburg となっていました。これは「シュピーゲルブルグだろ!」とドイツ語を知っている人は,そう突っ込んでいたのではないでしょうか。「シュピエガルバーグ」なんて言うと,とてもヨーロッパ人の名前じゃないみたいで,それどころか珍しい虫の名前というような感じで,ドイツ人の彼女もびっくりしているのではないでしょうかね。まあ片仮名はLとRの違いが反映できないというのは仕方ないとしても,せめて本人の発音に近い表記にしてあげたらどうですかね。
 以前にスウェーデンのテニス選手で,エドベリかエドバーグかということもありましたね。あれは原語に近いエドベリになったような記憶があります。
 女子100メートルの福島もすごかったですね。予選2位というのは立派です。スタートもよく普段通りの走りではなかったでしょうか。たいしたものです。金丸も400メートル予選突破です。短距離で予選を突破することはたいへんなことです。二人とも決勝は難しいかもしれませんが,それでも立派なことです。準決勝は燃え尽きても頑張ってほしいですね(決勝は出るだけでいいです)。それにしても,かつての400メートルのファイナリストの高野の偉大さがよくわかります。もっと日本人は高野の功績をたたえるべきだと思います。日本人で短距離で決勝というのは,マラソンのメダルに匹敵すると思いますけどね。

|

2011年8月28日 (日)

世界陸上

 世界陸上が始まりました。元陸上選手(?)の端くれとして,とても楽しみにしてますが,あまりテレビばかりを観ていては仕事が捗らないので,ときどきみるにとどめます。とはいえ,朝から女子マラソンを観てしまいました。ケニアの金銀銅の独占はすごいというか,団結力の勝利というか,とにかく脱帽です。赤羽は30キロを過ぎてから離されましたが,それまではずっと前のほうで走っている意欲的な走り方で,素晴らしかったです。最後の追い上げも良かったです。非アフリカ勢ではトップの5位であり,夢のある走りでした。アフリカ勢は強いですが,作戦しだいではなんとかなりそうという気もしました。オリンピック代表には決まっていませんが,赤羽はぜひ選ばれて出てほしいですね。ケニア勢は,10000メートルも圧勝でしたね。ちょっと絹川は痛々しかったですね。5000メートルは頑張ってほしいです。
 私はフィールド競技よりもトラック競技のほうが好きで,なかでも800メートルや1500メートルは好きです。日本人はまったく勝てそうにない分野ですが,ここはアフリカ勢の競走を楽しみたいです。かつては白人のイギリス人が強かった競技です。私が高校時代は,セバスチャン・コーやスティーブ・オベットが強かったのですが,いまはなかなか白人はチャンピオンになれなくなっているようですね。
 ハンマー投げの室伏は貫禄です。頂点を知っているし,また頂点に行くための戦いをしていますよね。日本の男子アスリートで,ここまでレベルの高い選手は,歴史的にも数少ないのではないでしょうか。棒高跳びの沢野も上位進出は厳しいでしょうが,決勝にいくだけでもたいしたものです。まちがいなく彼も日本のトップアスリートですね。

|

2011年8月27日 (土)

クラゲ

 クラゲに刺されてピリッとしたことはこれまでもあったのですが,岡山の前島のクラゲは強力でした。手首近くのところは,最初は腫れ上がっていただけでしたが,それが引いてくると,数多くの赤いポツポツとなり,何か百本くらい針で刺したのだなということがはっきりしてきました。足にも痕があります。痛くはないのですが,なにかちょっとかゆいところもあり,もう5日以上経っているのに,痕が消えそうな様子がありません。なんだか変な注射針を刺している人のように思われそうで心配です・・・
 こういうときには医者に行くものらしいのですが,生来の医者嫌いなので,自力で治っていくことを期待しているのですが。痕が残ってしまうのでしょうか。
 海で泳ぐ以上は,仕方ないのですが,クラゲとの遭遇はちょっと困りものです。昨年の合宿の白浜では大丈夫でした。その前の鳥羽はクラゲはいましたが,刺すものはいませんでした。
 クラゲ撃退グッズのようなものはないですかね。まあ私たち人間のほうが,クラゲの領海を侵犯しているのかもしれないのですが,せめて海水浴場となっているところは,クラゲ対策をしてもらえたら嬉しいのですが。

|

2011年8月26日 (金)

雇用継続の合理的期待

新規に採用することと解雇すること。どちらも雇用契約の存在に関するものであり,企業と労働者の双方の意思が重視されるべきと考えると,採用拒否も解雇も自由であるべきということになります。ところが,日本では,採用拒否は比較的緩やかに認められる(三菱樹脂事件・最高裁大法廷判決のインパクトでもあります)のに対して,解雇には制限があります(労契法16条)。このアンバランスはどこから来ているかというと,つきつめていけば,解雇は,労働者の雇用継続の期待があるからではないかと思うのです。三菱樹脂事件の最高裁判決でも,「当該企業との雇用関係の継続についての期待の下に」と述べているところがあります。有期労働契約の雇止めについて,雇用継続の合理的期待があれば解雇の法理を類推適用するというのも,そういうことだと思います。
 ところで,労働問題を考えていくときに,それが純然たる採用拒否なのか,解雇なのかがはっきりしないというケースがよく出てきます。法形式上は両者は明確に違うのですが,実質的にみるとはっきりしないということがあるのです。労働法は,形式論よりも実質論が重要ですので,悩ましいところが出てくるわけです。そこで参考になる視点が,雇用継続の期待の合理性というものではないかと思うのです。これが強ければ解雇の法理が,弱ければ純然たる採用拒否と考えていくべきだと思うのです。有期労働契約の反復更新後の雇止めというのは前者の場合です。それでは,事業譲渡,労働者派遣,定年後の継続雇用といったときはどう考えるべきでしょうか。 まず,定年後の継続雇用は,少なくとも65歳(経過措置の間は64歳)までは,労働者は高年法9条1項という法律上の規定により雇用継続の期待をもつことに合理性があるといえそうです(労働者派遣法の趣旨から雇用継続の期待の合理性を否定した,伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件の逆バージョンという感じです)。一方,事業譲渡の場合は,譲渡先はこれまで雇用関係にあった譲渡元会社とは別法人なので,基本的には,雇用継続の合理的期待はないというべきでしょう。したがって,譲渡先は,特に雇用継続の期待を保護すべき特別な事情がある場合を除くと,労働契約の承継拒否は採用拒否とみるべきなのです。ただし,事業が譲渡されているという事情を重くみると,譲渡先にとって純然たる新規採用とはいえないところもあるかもしれません。これを立法化したのが会社分割のときの労働契約承継法3条ともいえます。
 一方,労働者派遣40条の3から40条の5に基づく直用についてはどうでしょうか。派遣先が直用を拒否した場合,派遣法の規定の要件に合致していれば,雇用継続の合理的期待があるといえそうです。ただし,派遣元と派遣先は別法人なので,そこは雇用継続の合理的期待をあっさり認めるべきではないと思えます。結果として,これも,原則として採用拒否の問題とみるべきなのでしょう。
 雇用継続の合理的期待が最も強いとみるべきなのは,有期労働契約の中途解除です。ということで,強い方から並べると,①有期労働契約の中途解除⇒②無期契約の解雇⇒③60歳から65歳以下の高年齢者の有期労働契約の雇止め⇒④その他の有期労働契約の雇止め⇒⑤労働者派遣(直用)⇒⑥事業譲渡という感じでしょうかね。③から後は,解雇の法理か(形式上の)採用拒否を貫徹するかの,どちらであるかが問われることになるのです。さらにこれが不当労働行為事件となると,使用者性の判断はより緩やかになっていくということもあるでしょう。
 もちろん,現行法は,雇止め制限法理(判例)のところでしか,雇用継続の期待というところは出てこないので,法律論としては粗いのですが,問題をみる視点としては重要ではないかと思っています。このあたりを総合的に分析して緻密な解釈論,立法論を展開するのは,十分に学術論文になると思います。時間があればやってみたいのですが,どうなることか。

|

2011年8月25日 (木)

民主党の迷走

 民主党政権の下で,労働者派遣法や労働安全衛生法の改正がなされ,さらに有期労働契約法の制定がなされそうな勢いでしたが,すべてペンディングですね。労働者派遣法は,改正(改悪?)や有期労働契約法の制定はしなくてよいですが,労働安全衛生法の改正はあってもよいと思っていました。民主党の関心は労働立法などには向いていないのかもしれませんね。  私はかなり前に菅首相を応援することを書きましたし,いまでも頑張ってもらいたいと思っていますが,ここまでネガティブなイメージが植え付けられると再生は困難でしょうね。安倍さんのときと似ています。民主党は,鳩山由起夫とか無責任なことをやっていた人が,いまだに発言権をもっているようですし,自民党そのものというような小沢一郎が代表選に影響力を持つなど,希望をもてそうな政党ではないのですが,だからといって自民党という声が出てこないのは,自民党がもう過去の終わった政党と国民の多数が思っているからでしょう。  こんなときに中国が領海侵犯したということにもっと国民は注目すべきでしょう。日本は軍事的に強い国家である必要はまったくないと思っていますが,外交力を含めた総合力で強い国家になる必要があります。日本の周りには味方の国なんていないという現実をしっかり見据えておく必要があります。こういうことについて,次の首相はしっかりビジョンをもって発言して欲しいと思います。  代表になるための票集めの動きが報道されて,小沢のおかげで首相になれたとか,幹事長ポストが誰だとか,そういう内向きの細かい話ばかりが報道されているようでは,この国に未来が見えてきません。

|

2011年8月24日 (水)

谷川2連勝(将棋)

 A級順位戦は谷川浩司9段が佐藤康光9段を破り2連勝で今期も好スタートとなりました。A級に復帰したばかりの佐藤9段は2連敗で苦しいスタートです。谷川の次の相手は久保利明2冠です。前期も好勝負で谷川が勝っていますが,今期はどうなるでしょうか。羽生善治2冠,渡辺明竜王も2連勝で順当ですが,次の3回戦で両者が激突します。王座戦でも対決しますが,まずは順位戦で互いに負けられないというところでしょう。丸山忠久9段は2連敗で今期も苦しいスタートです。とはいえ,まだ2戦終わっただけですので,これからどうなるかは,まったく予断を許しません。
 B級1組は,A級から降級したばかりの木村一基8段と藤井猛9段の明暗が分かれています。木村8段は3勝1敗,藤井は3連敗です。このクラスは,A級と同様,総当たり制であり,タイトル経験者もいるわ,有望な若手もいるわで,ここを抜け出すのは至難のわざです。私はB級1組は,NHKの解説にも出ている,山崎隆之7段が昇級候補者の一番手でないかと思っています。これにトークが面白い木村8段,髪型が変わっている橋本崇載7段,若手実力派の阿久津主税7段あたりが対抗馬かなかなと思っています。
 タイトル戦では,王位戦が盛り上がってきています。広瀬章人王位が2連勝したのですが,羽生2冠が2連勝して盛り返しました。羽生が広瀬に対する苦手意識を克服した感じです。ちょっと広瀬王位が苦しくなってきましたね。竜王戦の挑戦者決定戦は,丸山9段と久保2冠との間で戦われていますが,久保が先勝しました。久保は棋王戦で渡辺竜王の挑戦を退けており,もし挑戦者になると7期連続という輝かしい実績をもつ竜王も苦しむかもしれません。将棋界では,春から初夏が名人戦ですが,これからの秋は竜王戦の季節となります。

|

2011年8月23日 (火)

ブログ2周年

 神戸労働法研究会の合宿というと,2年前の鳥羽での合宿で,若手たちとの話し合いで,ブログを書き始めるのを決めたことを思い出します。あれから2年が経ちました。ときには思わぬ人から私のブログを読んでいると言われて,驚いたこともしばしばです。
 ブログは,いつも書いているように,私の著作を出してくれる出版社のために少しでも寄与することができればという気持ちで始めたものです。これも以前に書いたと思いますが,もとはといえば,弘文堂から『最新重要判例200労働法』を出したときに,有斐閣の『判例百選第7版』と刊行時期がかさなるので,あまりにも売上げが悲惨であれば申し訳ないということから始めたものです。ブログのおかげでというわけではないでしょうが,本は順調に売れました。
 とはいえ,自分の本のことばかり書いていてもつまらないので,普通のブログのように日記的なものも書いていますし,意外に好評なのが読書ノートであり,また好き嫌いに差があるようですが,将棋ネタ,阪神ネタなども少数固定ファンがいるようです。
 ただ,最近では,ブログで労働法についての自分の考え方を伝えていくということのほうに関心が移ってきているような気もします。一研究者が,授業や研究会をやりながら,どのように労働法の問題を考えているのだろうかということを一般の方に伝えるのは,それなりに意味があるのかなと思っています。
 こんな感じで3年目に突入しますが,これまで同様,ご贔屓のほどよろしくお願いいたします。
 合宿先の自然に満ちたところから神戸に帰ってきて突然現実に戻ってしまいました。今日はいきなり,LSの補講と期末試験の答案講評をやり,これでようやく前期が終わったという感じです。補講では,第一交通産業ほか事件を中心にやりました。このブログでも何度も取り上げている裁判例ですので特にコメントしませんが,法人格否認の法理,事業譲渡,偽装解散というのは,実務上もとても重要なテーマであり,LS生にはよく勉強しておくようにと伝えておきました。

 最後に一言。少し前のブログで,岡山のままかりの悪口を書きましたが,昨晩,岡山駅近くの居酒屋に入って食べたものは,それほど悪くありませんでした。岡山の皆様,たいへん失礼しました。

|

2011年8月22日 (月)

神戸労働法研究会牛窓合宿第3日目

 今日は朝から雨。結局,3日間,天気は悪かったです。しかも今日は少し肌寒かったです。これまでの合宿で,これほど悪天候にたたられたことはありませんでした。それでも私たちは泳ぎました。雨が小降りになるまで待って,執念で泳いできました。ただ,私はまたまたクラゲ(あるいは海毛虫)にやられて手が腫れたので,早々に泳ぎは止めましたが・・・。その前にきちんと勉強もしました。
 3日目の最初は三重短期大学の山川和義君の「継続雇用制度における継続雇用(再雇用)拒否の法的救済のあり方の検討」でした。東京大学出版会事件・東京地判平成22年8月26日労判1013号15頁,津田電気計器事件・大阪地判平成22年9月30日労判1019号49頁,同事件・大阪高判平成23年3月25日労判11026号49頁を素材として,継続雇用制度がある会社において,継続雇用が認められずに雇用を打ち切られた場合において,どのような法的処理がなされるべきかについての検討をしてくれました。東京大学出版会事件は,再雇用規程(就業規則)に所定の再雇用要件を満たす者には,再雇用契約締結をする雇用契約上の権利があるとし,それを拒否することは解雇権濫用法理の類推適用により無効となると判断しました。津田電気計器事件の1審は,使用者は継続雇用規程(就業規則)を制定したことにより,条件を満たした労働者が希望すれば労働契約を成立させる確定的意思があるとし,労働者の再雇用希望の意思表示は,使用者の再雇用申込みに対する承諾であるとしました。同事件の控訴審は,労働者が選定基準を満たす場合には,使用者には継続雇用を承諾する義務が課されていると解すべきで,それに反して不承諾とした場合には,解雇権濫用法理の類推適用ができるとしました。山川君の問題意識は,裁判例は,高年法9条1項には私法上の効力を否定して継続雇用請求権が認められないという立場をとっているのに,就業規則の規定があれば,そのような請求権が認められるのと同じ結果になっているのは一貫していないのではないか,就業規則の規定があったほうが使用者に不利となるのはおかしいのではないか,というものでした。私は,その結論はそんなにおかしいとは思っておらず,就業規則の規定があり,その就業規則の規定の解釈として継続雇用請求権が認められるのであれば(この点の判断は厳格になされるべきですが),労働者に継続雇用請求権が認められるのは当然で,それは高年法9条の効力ではないので,私法上の効力を否定する立場とは矛盾しないと考えています。高年法は,労使協定を締結し,さらに就業規則の規定を整備して継続雇用をすることを使用者に義務づけているとみることができるのであり,そのような義務を履行した使用者が,就業規則の定める要件や基準に従って労働者を継続雇用をしなければならないというのは,それほど無理な解釈とは思いません。就業規則を制定しないほうが使用者にとって得という感じもしますが,行政指導などの公法上の制裁がある以上,使用者が得をしたとはいえないのではないか,ともいえます。
 研究会では,継続雇用請求については,有期労働契約の雇止め制限法理と同じように,雇用継続についての合理的期待があれば認められるという解釈もありうるのでは,という点も議論となりました。通常の有期労働契約の雇止めの場合とは異なり,高年法9条があり,さらに就業規則に再雇用規定などがあれば,いっそう雇用継続の期待の合理性は高まるようにも思えます。ただ,そもそも雇止め制限法理の妥当性は議論の余地があるのであり,そこから議論をする必要もありそうです。
 山川君は,高年法9条1項の趣旨を反映した解釈をとり,継続雇用制度を導入しようとした使用者は,積極的に雇用確保の意思を示したものとみるべきで,そこに条件付きの契約申込みがあったと解すべきであるという見解を示しました。これを発展させると,労使協定を締結した場合にも,一定の場合には,使用者は再雇用の申込みがあったと意思解釈をすることができそうであり,そうなると労働者の再雇用の申し出は承諾となるので,そこで労働契約が成立するということにもなりそうですが,そうした解釈が妥当であるかは議論の余地があると思います。
 二人目は,静岡大学の本庄淳志君の「派遣先の労組法上の使用者性,団交応諾義務」です。派遣先の使用者性について,これまでの裁判例,命令例を概観し,問題となる論点について包括的に検討してくれました。労働者派遣において,朝日放送事件・最高裁判決のいわゆる近似アプローチがどこまで,どのように適用されるか,また,いわゆる隣接アプローチ(時間的拡張)が,どこまで,どのように適用されるかについては,これまでも研究会でたびたびやってきたテーマですが,今回は特に,適法な労働者派遣の場合でも,派遣先が使用者となることがあるのか,派遣労働者の労働条件をめぐる紛争の場合と派遣労働者の雇用をめぐる紛争の場合において,使用者性の判断がどのように異なるのか,という点等についても精密に検討してもらいました。また,最近の兵庫県労働委員会の川崎重工事件を素材にして,直用化をめぐる事項について派遣先が団体交渉を拒否した場合について,不当労働行為が成立しうるのかも検討してくれました。
 近似アプローチと隣接アプローチ(時間的拡張)とは,守備範囲が異なるにもかかわらず,労働委員会の命令例のなかには両者の違いを十分に理解せず,隣接アプローチ(時間的拡張)で行くべきところを近似アプローチでやっているような例も多いようです。さらに,派遣法関係となると,派遣法の解釈と労組法の使用者性の解釈を簡単に接続させてしまっているような労働委員会の命令や,そもそも派遣法の解釈に問題があるような命令例もあるようです。ある種の混迷状況にあるといってもよいでしょう。
 川崎重工事件のような直用化をめぐる紛争については,近似アプローチと隣接アプローチ(時間的拡張)のどちらの観点からも検討する必要があるというのが本庄君の指摘です(兵庫県労働委員会の命令も,そのような構成になっています)。こうした直用化の事例で,隣接アプローチ(時間的拡張)で考えていくのはよくわかりますが,さらに近似アプローチにより派遣先に使用者性が認められるかどうかを検討するという場合,どのような場合に肯定されるのか(すなわち,どのような場合に,雇用について現実的,具体的な決定および支配をしているといえるのか)かということについても議論をしました。
 派遣先の使用者性の問題は,いまかなり増えてきています。朝日放送事件・最高裁判決の射程を明確にし,近似アプローチと時間的拡張の事例におけるそれぞれの判断基準を明確にし,そして,その判断基準の具体的なあてはめをする場合における判断要素を明確にするという作業は,労働委員会の実務にとってもきわめて重要な意味をもっています。本庄君の今回の報告は,こういう問題について本格的に取り組んだものであり,今後の展開が期待されます。
 

 今回の合宿の地は,牛窓の前島という島でした。おおらかな島民たちに出会えて,リフレッシュできました。研究会のほうも過去のものと違って統一テーマを立てずに,各自がやりたいものを持ち込んだのですが,それはそれで充実したものとなりました。来年の合宿地はどこにしようかとみんなで考えながら帰ってきました。この3日間のうちに高校野球も終わり,そして神戸に戻ってくると秋の気配が感じられました。

|

2011年8月21日 (日)

神戸労働法研究会牛窓合宿第2日目

 悪天候で午後のBBQは中止としましたが,本土に行き,取れたての魚を焼いて食べるところに行けたので,BBQと似たようなものを味わえました。その後は,雨天の中での海水浴です。くらげが昨日よりも多く,私はあまり泳げませんでした。キイアさんが,初めて足のつかないところで泳げたという記念すべき日となりました。  さて勉強のほうですが,一人目は,同志社大学の坂井岳夫君のテーマ報告「労災認定に当たって基準とすべき労働者について」です。労災の業務上外認定において問題となる身体的負荷や精神的負荷について客観的基準説と本人基準説の違いについて,裁判例と学説を概観して整理して,結論として,労災保険の制度趣旨としての危険責任の考え方を一貫させて純粋な客観的基準説(通常の同種の業務を遂行できる者を基準にする見解)に立つ一方,そこで負荷の過重性が認められれば,因果関係においては,相対的有力原因説ではなく,もう少し緩やかな基準で労災認定をしてよいという興味深い見解を発表してくれました。私は,危険責任説を強調するのはいかがなものか,労災保険制度にはできるだけ労働者に生じた損害を補填する意味があるのではないか,などとあえて挑発的なことを言いましたが,これはあまり筋の良くない主張かもしれません。また平均的な労働者を基準とするとしても,カテゴリーごとに分けて,新入社員,高齢者,障害者などは,それぞれのカテゴリーにおける平均的労働者に着目して判断してよいのではないかという意見も出してみましたが,坂井君は,特にそのカテゴリーに特有の業務に従事していたというような場合を除くと難しいのではないか,という意見でした。また社会保障制度と労災保険制度との役割分担も議論となり,坂井君は,本人基準説の論者の考えている行き届いた生活保障というものは,社会保障制度の枠内で考慮すべき問題ではないかと述べています。労災保険の本質にかかわる難問であり,今回の報告は,私たちの知的刺激をとても刺激してくれたと思います。  二人目は,同志社大学大学院の山本陽大君の判例報告です。京都新聞COM事件・京都地判平成22年5月18日労経速2079号3頁です。以前に神戸大学LSで実務家教員として来ておられた大島眞一裁判官が担当された事件ですが,やや判旨には疑問が残りました。有期労働契約の雇止めのケースですが,途中に会社の移籍があったという点で事案の特殊性があります。すなわち,A会社において有期労働契約で採用された労働者X(2名)が,グループ内の経営効率化のために設立された別会社Bに移籍することになったのですが,移籍の際に,更新の上限を設定するために,3年を超えて契約を更新しないという3年ルールが設定されたというものです。移籍によって業務内容は何も変わっていませんので,実態としては,A社からB社に移籍しても,同じ会社で働き続けているのに近いようなものでした。その後,B社が3年ルールを適用して,雇止めをしたところ,Xがこれを争いました。雇用継続の合理的期待の有無の判断において,A社で勤務していたときの契約更新も考慮されるのか,3年ルールの適用と雇止めの有効性の判断はどう関係するのか,といった点が問題となりました。この判決は,A社時代の勤続年数も考慮して,雇用継続への合理的期待があると判断しています。また当事者間で3年ルールが契約内容として認識されているならば,3年を超えて契約が更新されることについての合理的期待を持つことはありえない,としたうえで,本件では,3年ルールの説明が不十分であるので当事者の契約内容としては認識されていないと判断しました。そして,雇止めの有効性については,B社の経営状態が明らかではない,3年ルールの告知をされてから3年以内の雇止めであるなどの理由でこれを否定しました。  雇用継続の合理的期待の有無の判断において,グループ会社内とはいえ,別会社での勤務期間 を考慮するのが適切かという点がまず議論されました。この判決は,この点について,A社とB社 の勤続年数と契約更新回数を通算してしまっています。しかし,この判断は疑問で,A社での勤務期間の実績が,B社における雇用継続の期待に影響を及ぼすかどうかという観点から考えていくべきだと思います。グループ会社内での移籍であり,これまでと同様の雇用契約の更新が行われるのではないかという期待は,それなりに保護に値すると思われますが,本判決のように簡単に通算してしまうのではなく,あくまでB社における契約更新の期待の合理性の枠内で判断すべきということです。B社の法人格が形骸化しているような場合には,別ですが,そうなると,雇用はA社との間で認められることになるのか,というような議論もありました。  また,3年ルールが適用されれば,3年を超える雇用継続の期待には合理性がないという判示部 分も議論となりました(結論には影響しなかったのですが)。かりに採用時点ではなく,すでにある程度,契約が更新されてきた後の更新時に3年ルールを告知すれば,3年後には当然に雇止めができるのか,という疑問も出されました。ここはいろいろと議論があるところであり,この判決の判示部分は,やや乱暴な印象を与えます。純然たる新規採用において3年ルールが明示されて,それが契約の内容となっており,しかもそのルールがその会社で厳格に適用されている(例外的取扱いなどは基本的に許容していない)場合にのみ,3年を超えた時点での合理的期待の発生を阻止するものと認めるべきでしょう。

|

2011年8月20日 (土)

神戸労働法研究会牛窓合宿初日

  今年は岡山の牛窓のほうに来ました。あいにくの天気でしたが,それでも夕方に晴れたので泳ぎました。私たちの研究会は海での水泳が基本で,あいまに勉強するという感じです。
 勉強のほうですが,まず大学院生のキイアさんに,中国の試用制度について報告をしてもらいました。彼女の修士論文の中間報告のようなものです。さて,どんな論文に仕上がりますでしょうか。
 二人目の報告者は,大学院の社会人コースの院生の高橋聡子さんに,東芝事件・東京高判平成23年2月23日労判1022号5頁を報告してもらいました。有名な事件の控訴審です。1審は,拙著『キーワードからみた労働法』(2009年,日本法令)のメンタルヘルスの章でもとりあげていました。控訴審も,第1審と同様,実質的に労働者勝訴です。
 まず,うつ病により休職していた労働者について期間満了時に解雇したものの,このうつ病が業務上の疾病であり,労働者はその療養のために休業していたので,労基法19条1項により解雇ができないとされて無効と判断されました。派生的な論点として,業務上外の判断について,ストレスの強度を誰を基準に判断するかという点について,平均的労働者基準説にたち,ただ,そのなかでも「平均的労働者として通常想定される範囲内にある同種の労働者集団の中の最も脆弱である者を基準とする」とされました。
 使用者が私傷病として扱っていたものの,業務上災害となると,労基法19条が適用されて休職期間満了時に解雇できなくなるというのは,使用者にやや酷な結論のような気もします。判断を誤った使用者に落ち度があるとも言えそうですが,典型的な職業病(労基則別表1の2に明示されているような疾病)とは異なり,うつ病については,業務上外の判断は微妙であることからすると,この判断の妥当性については議論の余地があると思います。研究会でも議論が分かれました。傷病休職について期間満了による自動退職とするという扱いであったらどうかという問題も出されましたが,本判決に則して考えると,自動退職であっても,労基法19条の趣旨を考慮して,なんとか労働者を救済する解釈が提示されるでしょうね(当該事案には,自動退職が適用されないというような解釈をとるとか[相対的無効のようなもの?],自動退職付きの休職処分が権利濫用となるなど)。
 もう一つの重要論点は休職期間中の賃金です。労働者が就労できなくなったことについて,民法536条2項を適用して,使用者の帰責事由を認めて賃金請求が認められるかどうかが問題となりました。まず使用者の帰責事由が何をもって認められるのかが問われますが,使用者の安全配慮義務違反によりうつ病が発症したという点に求められるのかもしれません(使用者の安全配慮義務違反じたいは,ある時点から生じていないと判断されているのですが)。より問題となるのは,休業補償給付を受給しているのに損益相殺されていない点です。二重補填の問題が出てきますし,使用者の保険利益の意味がなくなるという問題もあります。本件は賃金請求なので,労基法24条の全額払いの原則がかかってきて損益相殺は認められないが,あとは不当利得の問題で処理すればよいというのが判旨の立場ですが,かなり違和感のある解釈です。労基法84条2項の類推適用はできないかという議論も出てきました。私は,この規定が,全額払いの原則の例外である法律上の例外にならないか,というようなことを言いましたが,少し無理な解釈でしょうかね。

|

2011年8月19日 (金)

第42期労働委員会委員

 本日,兵庫県労働委員会の第42期公益委員に任命されました。これで3期目です。兵庫県労働委員会では,中堅の域に達してきました。私たちを任命した井戸知事は,新委員と退任委員の歓送迎会にもいらっしゃり,いろいろお話をできて楽しかったです。井戸知事は学生時代に石川吉右衛門先生の授業をお聴きになったということで,石川先生のユニークな講義の話なども聞けて良かったです。知事は,とてもフランクな人で官僚上がりの雰囲気はあまりありなく,むしろスマートな聡明さが印象的でした。また,私の本もお読みになっているということでした。これからは献本リストに入れなければなりませんね。
 今回は全体の3分の1の7人の委員の入れ替えがあり,フレッシュな人材で第42期は臨むことになります。労働委員会の仕事は,一部に誤解されている方もいますが,少なくとも兵庫県労働委員会の委員にとってはかなり激務です。新任委員にも,いろいろ説明を聞いておられるうちに緊張感が走るのがよくわかりました。厳しい仕事ですが,公労使がこれまでの良き伝統に従い,協力して良い仕事をしていきたいと思います。

|

2011年8月18日 (木)

タイ

以前に読書ノートで,辻仁成の『サヨナライツカ』を紹介したことがありましたが,ケーブルテレビで夜中に映画のほうをやっていたので,ちょっと観てみましたが,あんまり面白くなかったですね。原作のほうがいいです。僕はどうもミポリンをそんなに綺麗に思っていないのも原因かもしれません(ミポリンファンの人,ごめんなさい)。
 ただ,舞台となったタイという国には行ってみたい気がしました。食べ物は絶対に口に合わないでしょうが,アジアというと韓国と台湾しか知らない初心者としては,ディープなアジアは,タイくらいから始めたいところです。前にブログで書いたエマニエル夫人もタイが舞台でしたね。
 タイの労働法というと,立命館大学の吉田美喜夫先生が専門家で,以前に関西労働法研究会の場などで,いろいろお話を聞いたことがあります。また,名古屋大学の和田肇先生からも,かなり前に,タイ労働法は面白いというような話を聞いた記憶があります。ただ,そのころは,いろいろ聞いても,特にタイの労働法に強い関心をもちませんでした。当然,日本の解釈論に役立つような視点は得られるはずもありませんでしたから。タイに限らず,私はアジアの労働法にほとんどまったく無関心でこれまで来たのも,そのような理由です。しかし,労働法は,別に解釈論がすべてではないのであり,発想を変えて,より大きな研究を進めるためには,別世界の国の法を学ぶのも悪くないのでは,という気も最近はしています。なんとなく欧州への関心も弱まってきており,将来性のあるアジアの労働法に関心を向けるのも悪くないかなと思っています。とはいえ,どこから手を付けてよいかわからないので,まずはタイあたりから。しかし,タイ語はまったく読めないので,道は厳しいですね。「サワーディクラッ」と「コップンクラッ」から始めますか。
 

|

2011年8月17日 (水)

盆も過ぎて

 昨日はお盆でしたが,もう翌日から普通の勤務状態になっているようですね。有斐閣も弘文堂も皆さんご出勤のようです。こちらはお盆もなく仕事をしていますが,一般労働者(?)の方はもう少し休んでいると思っていました。休日ダイヤも15日まででしたね。例年,そんな感じだったでしょうか。お盆の前後1週間というのは,もっと人は休んでいたのではないでしょうか。ゆっくり帰省や旅行もしていないのかもしれませんね。
 朝から晩まで仕事をしていました。大きな成果はビジネスガイドの原稿をなんとか書き上げたことです。私の抱える3つの連載の8月分はこれで終わりです。この校正チェックが終われば,今月はちょっとだけ休めます。今回のテーマは,「労働ADR」でした。ただ,この月末から,しばらく休んでいた,経団連タイムスの連載(残り10回)が始まります。これは週刊なので,書きためておく必要があるのですが,その時間があるかどうか。
 有斐閣の法と経済の本は,今日で原稿の本体部分が完了しました。あとはイントロダクションです。私が書くべきところが残っているのですが,これはどんなことがあっても8月中には終えてしまいます。遅れに遅れた弘文堂の演習も,やっとゴールが見えてきました。345メートルくらいのところでしょうか(400メートル走です)。
 さきほど,LSの採点もとりあえず終えました。この二日間,他の仕事の合間ではありますが,かなり集中してやりました。とりあえずというのは,ちょっと点数が高いので,調整する必要があるということです。この調整作業が結構時間がかかるのですが・・・。22日に答案返却で,19日からは神戸労働法研究会の合宿ですので,あまり時間が残されていません。
 でも採点作業が終わり,ほっとしています。これでようやく夏休みという気分になってきました。朝や夜は秋風が吹き始めていますが。ここ4日ほど中断していた『就業規則からみた労働法』の改訂作業も,再開したいと思います。結局,夏休みに入るのは,月末になりそうですね。そう書いていて思い出しました。明石書店の本の2校ゲラが月末にやってくるのでした。でも,どんなことがあっても,9月初めは少し休むぞと堅く決めています。

|

2011年8月16日 (火)

夜明けの街で

 読書ノートは封印していたのですが・・・。パラパラと書いてしまっていますね。

東野圭吾『夜明けの街で』(角川文庫)を人に貸してもらったのですが,どこかで読んだような気もしました。たしか単行本で読んだはずなのですが,最初のほうを読んでいても記憶がないので,やっぱり違うかなと思い読んでいったのですが,途中で思い出しました。絶対に読んでいるのです。それでもストーリーや最後のオチはすっかり忘れているので,結局,最後まで楽しむことができました。同じ本を何度も楽しめるというのは良いことのようですが,自分の記憶力に自信がもてなくなり,気持ちは複雑です。
 複雑なのは,そればかりではありません。男からすると,何とも言いにくいストーリーです。サザンオールスターズの『Love Affairs』も出てくることからわかるようにまさに不倫ものです。(ここからネタバレあり)渡部の働いている会社に,派遣社員でやってきた秋葉。彼女とひょんなことから不倫関係に渡部は落ちます。もうオジサンで男としては終わっていたと思っていた渡部は,若い秋葉と付き合うことによって,自分が男であることを思い出します。ときめくようなデートやイベント(クリスマスイブ,バレンタイン,ホワイトデー),甘美なセックスなど,忘れていた若い頃の自分を取り戻すのです。ただ,渡部には,幼い可愛い娘がいて,母としても妻としても非の打ち所がない妻がいます。ただし,妻には女としての魅力はなくなっており,それは男もお互い様なのですが,どこか不満があります。家庭にはときめきはないが安定はあるし,ささやかな幸せがあるのに対して,秋葉とは,くらくらするようなときめきがあり,またスリルもあるし,しびれるような快楽もあります(さあ,あなたなら,どちらを選びますか?)
 秋葉は,彼女の自宅で,父の秘書が胸を刺されて死ぬという事件を高校生時代に経験しています。渡部は,秋葉と付き合うようになって,徐々にその話の詳細を知るようになります。最初は,秘書といっても実は父の愛人であり,それが自宅で殺されたと,秋葉から聞かされていたのです。秘書の財布はなく,ガラス戸のカギが空いていて犯人が逃走した跡もあることから,強盗殺人事件と考えられました。ところが,そうでないという事情が,ぽつりぽつり明かされていき,どうも秋葉が犯人ではないか,という状況が強まってきます。事件は時効にかかろうとするところで,警察も最後の捜査に力を入れています。秋葉の母は,事件の起こる数ヶ月前に自殺していて,それは母が父の愛人問題に悩んだからだという疑いがあり,そうだとすると秋葉が父の秘書を恨む理由が十分にあったことになります。
 事件に関係している人間が少しずつそれぞれの立場から渡部に事件のことを語るという構成が,うまいところです。父は父の立場から,渡部に対して,秘書との不倫関係は妻と別れたあとのことなので,妻の自殺とは関係がないと言います。そうなら秋葉が秘書を殺す理由はなくなります。秋葉のほうは,時効が来たら,すべて話すというような思わせぶりなことを渡部に言います。秋葉を犯人と決めつけている秘書の妹は,論理的に考えると,秋葉以外に犯人はいないと渡部に言います。つまり,秘書は正面から心臓を一突きされており,悲鳴もあげていないことから,犯人は顔見知りのはずであること,犯人らしき者の目撃情報が皆無であることなどから,そのとき自宅にいた秋葉以外に犯人はいないと言うのです。警察も,秋葉を疑っています。こうして,渡部は秋葉がひょっとしたら殺人犯かもという疑惑を抱えながら,家庭を捨てて秋葉に走ってよいのかを悩むのです。この男の心理の描写も本書の見所です。
 時効が近づいたある日,秋葉は,酔ったふりをして,実は事件当時,家の中のカギはすべてかかっていたということを告げます。殺人事件の日,秋葉は秘書の死体の横で意識を失って倒れているところを,帰宅した秋葉の母の妹,すなわち叔母に発見されています。ところが,秋葉は意識を失っていたわけではなかったのです。そして,家の中のカギのこともわかっていたのです。そうだとすると,犯人は家の中にいたということであり,これは秋葉にとって不利な告白なのですが,どうしてそんな告白をしたのでしょうか。秋葉は,この告白を,秋葉の叔母のやっているスナックで言っており,ここに大きな意味があります。いったい誰が事件後にカギをあけたのか(強盗犯に見せかけたのか),犯人は秋葉なのか,それともカギをあけた者なのか。結論を言えば,カギをあけたのは,父と叔母でした。そして,彼らは犯人ではありませ。どうして,カギをあけたのか。また秋葉も犯人ではありません。では,誰が犯人か。ここは読んでのお楽しみです(上に書いた人の中に犯人がいます)。そして不倫についてです。秋葉がなぜ不倫をしたかも,実は,この最後の結論のところと関係しています。
 渡部は,どこまで覚悟をして不倫をしていたのでしょうか。最後はどうなったかよくわからず,ちょっともどかしいのですが,渡部はおそらく妻のもとに帰ったのでしょう。東野圭吾はこうした男性を描きたかったのかもしれません。こちらのほうがリアリティがあるのかもしれませんが,渡辺淳一作品と違うところですね。不倫となると,やはり渡辺淳一作品のほうが一枚上手のような気がします(だから,二人は仲が悪いのでしょうか)。ただ,この作品は不倫小説とみなくても,普通の推理小説として十分に面白いです。長風呂の友に最適です。 ☆☆☆☆

|

2011年8月15日 (月)

名物にうまいものなし(その2)

 かなり前に伊勢うどんのことを書いたことがありますが,第二弾です。甲子園球場の野球を観ていると,観戦者がカレーを食べているところがテレビに映ったりしますが,これが甲子園球場名物の甲子園カレーです。フードコーナーに行くと,ビール,カレー,唐揚げと,どれもおいしそうなのですが,メタボおじさんの敵のようなものばかりです。ただ,このカレーは,おいしくはありません。名物だと期待していくと,がっかりするでしょう。期待しないで食べると,まあ良いのでしょうが。
 だいたい名物と思って期待すると,ろくなことがありません。岡山のままかりなんかは,その例です。今度の神戸労働法研究会の合宿場所は岡山ですが,ままかりを食べることになるでしょうかね。山形の芋煮もそうでした。もちろん食べたものがたまたま悪かっただけかもしれません。鹿児島のきびなごも,そうでしたが,鮮度が悪いものを食べてまずかったら,悪い印象がずっと残ってしまいます。店の人は,日頃食べない旅行者に出すときこそ,要注意ですよ。ちょっと意味が違いますが,小樽の寿司も,高いだけで,特においしいということはありませんでした。小樽では,寿司屋通りではなく,地元の人の集まる値段も安いチェーン店のような寿司屋でおいしいものを食べれたことがありました。宮崎の炭火地鶏は良かったですが,それは地元の人に紹介されていった店だからです。これは常識ですが,結局,地元の人に人気のある店を聞いて,鮮度の良いものを食べることが必要なのでしょうね。宮崎では,ガイドブックなどで調べて高い寿司屋に行きましたが,これは値段ほどの価値はありませんでした。
 大阪にいると,全国のものが食べれるので,地元の郷土料理のようなものは,ただ値段が安いだけで味は同じ,ということも少なくないと思われます。実際,旅行先で食べ物で期待して良かったことは,あまりない気がしてきました。地方のどこに行ってもある,地方の名を冠した○○ラーメンや○○うどんというたぐいのものは,郷土色を出そうとしたのでしょうが,あまり違いがわからないこともあります。そうなると,かえって郷土の価値を下げてしまうものかもしれませんね。

|

2011年8月14日 (日)

科挙

 宮崎市定『科挙-中国の試験地獄』(中公文庫)を読みました。科挙の厳しさは,有名ですが,以前に紹介した浅田次郎の『蒼穹の昴』を読んで,いっそうそのことを感じたので,科挙をきちんと勉強しようと思いました。試験の内容やその厳しさについて勉強になりましたし,それにまつわるエピソードも面白かったですが,そもそも,なぜ科挙という制度が生まれてきたのか,ということに関する話も興味深かったです。要するに,天子を支える官僚たちを,貴族からではなく,本当に有能な民間の者から登用するという意味があったのです。科挙は,公平です。貴族の家系ではなくても,優秀で試験に合格さえすれば,天子を支える官僚となれるからです。それは,もちろん出世の可能性を意味します。当然,天子を支える者を選ぶ目的ですから,試験は厳正なものとなります(最終試験は皇帝自らが行う殿試です)し,時間も手間もかかる試験となり,競争も熾烈となります。それが科挙を「試験地獄」なるものにさせたのでしょうが,国民に広く出世の可能性を認める制度であったという意義は大きいと思います。皇帝がいるのでちょっと表現がおかしい気もしますが,「民主的」でもあったと思います。
 科挙は,そのうち,試験内容が,ほんとうに官僚として必要な能力を試すものとなっているのか,という疑問が出てくるようになります。歴史や教養を試す試験で,現実の政治に通用する者が選べるのか,ということです。試験には優秀な成績で通っても,国のためにならない人であった,ということがあるからです。また,試験にさえ合格すればよいということになると,不正が出てくるという問題もあります。さらに運が悪く何年も試験に合格しないということもあるわけで,これは人材の無駄ですし,さらにそういう人が不満分子となって,しばしば国に災いをもたらすという歴史もありました。
 現在の日本の官僚が,どのような状態なのか,最近では官僚との付き合いがほとんどなくなった私は,よく知りません。いずれにせよ,誰でも優秀であれば,東大や京大に入ることができ,そこからエリート官僚になっていけるというのは,民主的なことだと思います。もちろん,頭が良いとか,試験に強いという人だけが良い大学に行き,官僚になっていくということでは困ります。官僚にこそ,ある種の現実的感覚とか,庶民感覚へのセンシビリティといったものが求められるのだと思います。そういう庶民的な要素がないのならば,貴族(現代日本で,それが誰かはよくわかりませんが)に官僚を任せていてもよいでしょう。
 官僚は,国を支える真のエリートであるべきで,国民が,貴族の出でなくても,そういうエリートになりえるという社会のありがたさを,私たちはかみしめる必要があるのかもしれません。教養書として読んでおいて損はないでしょう。☆☆☆

|

2011年8月13日 (土)

高校野球

 甲子園の高校野球で,一昨日,地元の東洋大姫路が登場しました。ほんとうは西宮市の報徳学園を応援したいのですが,今回は予選で負けてしまったので,兵庫県代表の東洋大姫路を応援したいと思っています。かつて松本投手を擁して全国優勝をしたことがあり,そのときの記憶は強烈に残っています。松本は,その後,阪急に入りましたが,目立った活躍をしなかったですね。決勝で,バンビ坂本の東邦とやって,安井選手のサヨナラホームランで勝ったという劇的な大会です。もう34年も前のことです。今年は優勝候補の一つにあげられているようですが,どうでしょうか。今回は初戦をきっちり勝ちました。私は寝坊して試合を見ていないのですが,後から見ると,監督のミスもあって,絶対的なエースの原を交替させざるをえなくなったのを,なんとか控え投手がおさえて,そしてスリーランのだめ押しが出て勝ちました。これからの躍進を期待しています。
 昨日朝,テレビをつけると,ちょうど明豊高校が勝ったところで,そのとき校歌が流れたのですが,ちょっとびっくりしました。作曲が,あのかぐや姫,神田川の南こうせつだったのです。曲も,ぜんぜん校歌らしくありませんでした。南こうせつが作ったのですから,フォーク調になるのは仕方ないでしょうね。校歌というと,ちょっと堅い乗りで,妙に高揚感を高めようとする曲調が多いのですが,明豊のさわやかな校歌はそういう感じではなく新鮮でした。校歌だって,凝った旋律があってもいいし,歌うのは男性だけじゃなく,女性でもよいのでは,と思うのですが。女性の歌う校歌が流れたことはないですよね。私は,年をとるにつれて保守的になってきている自分を自覚しますが,こういうのはもっと柔軟で革新的であってもよいと思っています。ブラスバンドの応援で,Kara の Go go summer が早くも取り入られているのには驚きました。

|

2011年8月12日 (金)

学部試験採点終了

 学部の試験の採点を終了しました。今回は136名でした。簡単な問題を出したつもりだったのですがね・・・。
 出題したのは,一般的拘束力による不利益変更,雇止め制限法理,時間外労働命令の有効要件です。私の学部の試験は,授業で強調したところしか出さないので,授業に出てきちんと聞いていた人は論点をはずさないのですが,授業に出ておらず,いきなり試験に来て六法だけを見て解こうとしてもダメよ,というタイプの問題を出すことにしています。3つの論点のどれにも合格ラインにたどりつかなかった答案は基本的には不可(不合格)です。でも,できるだけ拾い上げようとはしました。
 一般的拘束力は,授業に出ている人は,すぐに労働協約のこととわかるだろうが,そうでなければポイントを外す可能性があると思って出してみました。六法をめくっていくと,労働組合法17条,18条に「一般的拘束力」という文言があるので,せめてそれくらいは指摘できるだろうと思っていました。そして,協約締結組合の組合員でないのに,なぜ労働協約が適用されることになるのか,というところの問題にふれてもらってはじめて合格点です。もちろん,授業で詳しく説明した,朝日火災海上保険(高田)事件のことを書いてもらわなければ困るのですが,ここまでたどり着いた学生はあまりいませんでしたね。やはり判例は難しいのでしょうか。労働条件の不利益変更のところだけに反応して,労働契約法9条や10条のことだけを詳しく書いている者が少なからずいましたが,一般的拘束力という言葉から労働協約が出てこないようでは,いけません。一般用語としては,就業規則には一般的拘束力があるという言い方もできそうですが,一般的拘束力はテクニカルタームなので,一般的な用語との混同をしているようではダメです。
 雇止めも,有期労働契約の反復更新後の更新拒絶のことを書いてもらうつもりだったのですが,解雇一般の話で終わっている学生が少なからずいました。確かに世間では,解雇も雇止めと呼ぶのかもしれませんし,逆に,雇止めのことを解雇と呼んだりもしています。私は解雇と雇止めは違うよと授業で説明しており,それにもかかわらず,雇止めには解雇の法理が類推適用されるという判例があるのだよ,とこれも丁寧に説明したつもりなのですが・・・。授業に出てきていない学生は書けないのは当然ですね。授業に出てきている人は,これが有期雇用のことだということは当然すぐにわかったようであり,そうなると東芝柳町工場や日立メディコのエッセンスくらいは思いついたようです。
 時間外労働のことは,過去にも何度も試験に出しているので,対策を取ってきている学生も多かったようです。他の2問はできていなくても,これだけは書けているという学生も多かったです。三六協定だけではダメ,ということがしっかり書けて,労働契約上の根拠が必要で,判例は,就業規則の合理的な規定でよいとし,現在ではこれは労契法7条の問題となる,というようなところまで書けていれば,なんとか合格という問題でした。
 何度も書いているように,久しぶりの学部の講義だったので,試験も久しぶりで,こんなものだったかなという感じです。LSでは,授業に出ないで試験だけ受けるというようなことはありえないので,出来,不出来の差が小さいのですが,学部は最終的には半分くらいの学生しか授業に出てこないので,出来,不出来の差が大きいです。しかも,頓珍漢なことを,独自の理屈で書くという学生が多いのも学部試験の特徴で,こちらの感覚が狂わされてしまうおそれもあります。 ともかく,労働法の知識は社会に出てからも必要なので,良以下の答案の学生は,ぜひしっかり復習しておいてもらいたいですね。

 いよいよ次は,LSの採点です。答案数は4分の1ですが,負担はこちらのほうが大きいでしょうね。

|

2011年8月11日 (木)

棋士の引退

 私はピンクに近い柄の服をよく着るのですが,将棋界で,ピンクの派手なジャケットを着る棋士として有名なのが神吉宏充7段です。テレビの将棋関係の番組の司会での軽妙なトークなどで人気があり,一般の人に最も知られている棋士の一人です。この神吉7段が将棋界から引退となりました。強制引退です。一種の能力不足による解雇といってもよいかもしれません。引退しても棋士であることには変わりないので,テレビなどには出てくるかもしれませんが,棋戦に参加できなくなります。引退の理由は,将棋の順位戦の中の一番下のクラスであるC級2組にいて降級点(そのクラスに在籍している棋士の中の下位5分の1の成績の場合に降級点がつく)が3回つくという成績不良となればフリークラスに編入されて順位戦に参加できなくなるのですが,その後,10年以内にC級2組に復帰できなければ引退となるのです。神吉7段はフリークラスに転落後,10年以内に復帰できませんでした。神吉7段は巨体で正座が辛そうにみえるのですが,将棋自体は早見えの天才肌であったと思います。次々と若手が入ってくるので,地位を維持するのは大変なのでしょうが,まだ52歳の引退は早すぎます。「おゆき」で有名な師匠の内藤国雄9段はまだ現役です。愛すべきキャラをもっていたので惜しまれます。
 ただ,実力社会ですから,一定の成績要件を満たさなければ引退となるのはやむを得ないでしょう。勝敗がはっきり出るので,成績評価も裁量の余地がなく簡明で公平です。勝てない棋士が,いっぱいいる状況はよくありません。引退制度はやむを得ないところでしょう。ただ,プロスポーツでは,勝てなくても引退時期は自分で選べるのに対して,そういう選択が許されない点で,将棋界は苛酷ともいえますね。
 一般の人には,あまり知られていないでしょうが,風車戦法で有名な伊藤果7段,カニカニ銀戦法で有名な児玉孝一7段,二枚目棋士で有名であった飯野健二7段らも引退となりました。かつてA級に在籍したカミソリ流の勝浦修9段は,自らの意思による引退です(労働契約でいえば解雇ではなく,辞職です)。

|

愛のあとにくるもの

 久しぶりの読書ノートです。辻仁成『愛のあとにくるもの』(幻冬舎文庫)です。韓国人の崔紅と日本人の青木潤吾の恋愛小説です。日本人男性との結婚を許さないと言われていた韓国人女性が,失恋したばかりの傷心の日本人男性と恋に落ちますが,その後,わずかな行き違いから恋は破綻します。その後,二人の恋をテーマにした小説を発表して有名作家になった潤吾は,韓国に招待されて,そこで7年ぶりに紅と再会します。紅は別の韓国人男性からプロポーズを受けていて,それを受け入れるつもりなのですが,潤吾は紅があきらめきれません。帰国直前,紅を追いかけていった潤吾は自分の至らなさを詫び,紅がそれを許すというところで話が終わりますそれから,二人がどうなったかはわかりませんが,愛が復活したと勝手に思っています。
 そもそも,どうして二人が恋に落ちたかはよくわからなかったのですが,むしろ,なぜかわからぬが,そして,日本人と韓国人というある種のタブーであるにもかかわらず,恋に落ちるというところが,恋の不思議なところ,ということなのかもしれません。そして,恋の終わりも,ささいなことだけれど,でもこれもまた恋というのは,そういうものなのかもしれません。
 潤吾をふった小林カンナは,その後,後悔して,潤吾に復縁を迫ります。カンナは編集者として潤吾を世に出した恩人でもあります。しかし,潤吾は,カンナとの復縁を断固として拒みます。心の中にずっと紅がいたからです。愛はいったん崩れてしまうと,もう永遠に戻らないこともあるのです。
 一方,紅と潤吾も,愛はいったん壊れました。しかし,本当の愛は,そこから先にあったのかもしれません。潤吾は,自分なりに崩れたものを埋めようとして,小説を書いたり,あのころの紅の気持ちを知るために,紅がやっていたランニングを始めたりします。一方の紅は,潤吾と別れた後,どう考えて過ごしていたのかわかりませんが,潤吾のことを忘れたい,でも忘れられないという苦悶の日々を過ごしていたのでしょう(紅側の立場からのものは,同名の本を韓国人が書いているそうです)。でも苦悶しているということは,元に戻る可能性があるということです。二人がそれぞれ失ったものをともに修復しようとしたことが,長い年月をかけて愛の再生を生んだのではないでしょうか。これが「愛のあとにくるもの」です。それは,「新たな愛」,そしてより強い絆になった愛なのではないでしょうか。逆に,潤吾とカンナのように,一方がその気持ちを失ってしまったときには,愛の再生は決してないということです。
 辻仁成は,愛というものが,思いどおりにならないものだけれど,でも諦めてはならない,というメッセージを書くのが得意な作家かもしれません。ただ,この本は何となく設定に現実味がなく,チープな恋愛小説的な要素もただよう作品なので,ちょっと厳しめですが,☆☆

|

2011年8月 9日 (火)

KARA

 フジテレビが韓国贔屓がすぎるとして批判した芸能人がいたようですが,その批判があたっているかどうかはともかく,韓国の文化が日本人のなかに広がっているのは事実でしょうね。もちろん歴史的に,日本は韓国や中国の文化の影響を受けているのは当然ですが,いま言っているのは,テレビや音楽です。日本のアニメが世界に輸出されて日本のイメージアップにつながってきたように(でも,ピカチューをイタリアでみたとき,あれが日本のものとわかる人は少ないのではないかと思いましたが),韓国ドラマやKーPOPなどは,韓国のイメージアップにつながっているのでしょう。ただ,ふと思うのです。日本は韓国と間で複雑な歴史があるとずっと言われてきたように,日本人の中には韓国やその文化に対する拒否感がずっとあったように思われます。韓国人と日本人はフレンドリーな関係にはありませんでした。それがここまで簡単に韓国文化大好きに変わってしまうのを見て,日本人の一員でありながら,日本人というのはどうなっているのだろう,と思うこともあります。韓流ドラマに涙してはまってしまったり,ヨン様を初めとして,韓国男性に熱をあげる日本女性たちをみて,私は不思議に思っていました。日韓ワールドカップの共催あたりから,何かが変わったのでしょうか。
 私は韓国ブームに冷ややかだったのですが,ひょんなことから,Karaの動画を見てしまいました。「ジェットコースターラブ」と「Go go summer」。ところが,これが良かったのです。人気が出るのはよく理解できます。スタイル抜群で,ダンスが可愛くキレもよいく,キュートな感じが良く出ていますしね。おじさんから若者,子供まで人気が出るのはよくわかります。ひょっとしたら韓国文化はマスコミの力などを借りず,実力で日本で支持を得ているのかもしれません。これまで避けてきた韓国ドラマも,もし見てしまったら,私もはまってしまうのでしょうか。ちょっと怖いので,絶対に見てはいけないと思っています。老後の楽しみにとっておきます。

|

2011年8月 8日 (月)

したがって

 阪神がヤクルトに3連勝し,いよいよ追撃態勢に入ったとみてよいでしょうか。私がブログで楽観的なことを書くと,いつも負け出すので,今回はあまり書かないことにします。それにしても今日は小嶋が頑張りました。
 それはさておき,早速今日の夜から仕事ムードに戻りまして,学部試験の答案の採点を少し始めたのですが,そこで感じたことがあります。それは,「したがって」の使い方です(前にも書いたような気もしますが)。法的な議論をするときには,自分の意見はきちんと理由を付けて論理的に主張しなければなりません。「したがって」というのは結論を述べるときに,よく使われるフレーズです。法廷において弁護士であれば,本音では多少は無理でも,「したがって」と言って自分の結論を述べる必要があります。弘文堂の演習本には解答例を付ける予定ですが,そこでも解答例の最後は,「したがって」で締める必要があります。それはそうなのですが,「したがって」の前後の内容が離れていると,接続詞だけで論理的な形式を整えているように見せかけるというようなことが起こってしまいます。法廷での主張では,無理を承知しながらもクライアントのために主張せざるをえない,ということはある程度起こりうると思います。私は試験問題において,弁護士のあなたなら,どのように主張しますか,という問題が出すことがありますが,そのときには,ある程度は緩やかに「したがって」を使ってもよいと考えています。ただ,それにも限界があります。無理筋の主張を「したがって」で強引に理屈付けしたりするような答案になると,これは高く評価できません。ましてや,普通の問い(たとえば,「~について論ぜよ」)というようなものについては,きちんと精密な論理でつないで議論を展開してほしいものです。
 ところで,今朝,テレビを見ていると,ある有名な数学者がテレビに出て,政治の話などについての自分の考え方を披瀝されていたのですが,そこに「したがって」という言葉が何度か出てきてちょっと違和感を感じました。「したがって」は論理的な印象を与え,説得力を高めるのですが,「したがって」の前後がほんとうに論理的につながっているのか,という疑問が浮かんでくるからです。
 春の次の季節は夏である,現在は春である,したがって,次に来る季節は夏である,というくらいの隙のない論理性を見せろとまでは言いませんが,「したがって」というレトリックで論理の曖昧さを補ってはいけないのです。
 法的な紛争を解決するためには,事実関係を明確にしたうえで,適用される規範を見つけ出し,その規範を適用するうえで必要な規範の解釈を示したうえで,最終的には,○○の事実には,△△の規範が適用され,「したがって」□□の結論になる,という主張になるはずなのです。試験の答案で,きちんと△△の解釈を示さないまま,「したがって」□□である,という結論を出すようではいけないのです。
 ただ,そうは言いながら,法学の議論で,さっきの春と夏の話ほど隙のない論理で議論を展開することは不可能に近いところがあります。どのあたりの緻密さの論理でつないでいくべきかが難しいところです。いずれにせよ,研究者というのも,本能的に,論文の中で「したがって」が出てくると警戒してしまいます。私は騙されませんよ,と。「それゆえ」,「その意味で」,なども同様の要注意言語です。文脈は違いますが,「言うまでもないことだが」,「周知のように」なども同様です。しかし,最近は私もこういう言葉を使うことが増えています。これは知的堕落であり,自戒しなければなりません。

|

2011年8月 7日 (日)

豊かな日本

夏の甲子園が始まりましたが、私はいま地元の甲子園からかなり遠いところにいます。ここは台風の影響で天気は悪いですが、空気は澄んでいて気持ちよいです。温泉もありリラックスできます。たった1日でも、パソコンの無線LANが届かないところにいるのは、気分がいいですね。
日本にはまだまだ豊かな自然があり、人情も深く、良いところがたくさんあります。たしか前に箱根に行ったときはマナーの悪い外国人が増えているという話を聞きましたが、いまいるここは日本人ばかりで落ち着きます。日本は観光に力を入れるのは良いですが、それはあくまで日本の良さを知らせるという姿勢でのぞむべきで、こちらのルールやマナーを守らせるのを原則としてもらいたいですね。

|

2011年8月 6日 (土)

ニセ禁煙車

 今日は我ながらよく働きました。午前中はずっとパソコンに向かって仕事をしていました。そのためもあり,弘文堂の演習本と有斐閣の法と経済は,前進しました。日本法令の就業規則からみた労働法の改定作業もかなり進みました。
 今日は研究室に新しいプリンタが入りました。前のものはたぶん8年くらい使っていたと思うのですが,故障しがちとなり,買い換えてもらいました。実はこの3週間ほど,プリンタが使えずに苦労していました。私は原稿を書くときは,まずはざっと書き,それをプリントアウトしたものに何度も訂正を加えるという作業方法をとるので,プリントアウトできずにパソコンの画面で推敲するというのは,非常に苦痛で,作業が非効率だったのです。これからは,もっと効率アップして仕事ができそうです。
 どうもプリンタには昔から悩まされていて,現在,私の行動範囲でプリンタを使うためには大学に行くしかないのですが,「今日の一言」は,通勤途中で乗ったタクシー運転手の言葉です。
 雨が降ってきたので,タクシーに乗ったところ,タバコ臭があったので,運転手に「タバコのにおいがしますね」と言うと,運転手は「そんなことないですよ」と答えました。「いや,僕は鼻が利くから,わかるよ」と言うと,「1時間前に,どうしてもというお客さんがいたから,吸っていましたけれど」と言うのです。これが今日の一言です。
 このタクシーは,当然のことながら,禁煙車マークが貼っていました。ここから,私はイヤな客になってしまいました。①禁煙車マークを貼っているのなら,きちんと貫徹すること,②タバコのにおいなんていうのは,1時間やそこらで消えるものではないこと,③自分がニオイを感じないからといって(その運転手は喫煙者だそうです),人も感じないと決めつけないこと,という説教をしてしまいました(こちらは喧嘩したくないので,表現はできるだけマイルドにしましたが)。運転手は憮然としていましたが,何と言っても①の点はexcuseする余地がないので,私が降りるときには,以後気をつけるようにします,と言っていました。実は,こういうニセ禁煙車はレアではないのです。運転手は,乗り込んだ客がちょっと吸わせてくれと言うと,断れないというのです。ほんとうは運転手だけを責めるのは気の毒で,客のほうにこそ問題がありますよね。でも,窓をちょっとあけていて,時間が少し経てば大丈夫というのは甘いです。
 ところで,西宮には感じの良いバーがたくさんあるのですが,すべて喫煙可です。とても残念です。一人が吸うだけで,煙は蔓延し,身体中にタバコのニオイがしみこみ,目や喉が痛くなるわで,不快このうえないです。全面禁煙のバーはないでしょうかね。イタリアのように,レストランやbar を全面禁煙にすればよいのだと思います。あのタバコ好きのイタリア人だって,ルールを守っています。吸いたければ,外で吸えばよいのです。
 今日は,ニセ禁煙車事件があったこともあり,身体の疲れが倍加していたような気分です。タクシーもバーも,私はかなりのヘビーユーザーだと思いますので,私の綺麗な空気をというささやかな希望を叶えてもらえないでしょうか。

|

2011年8月 5日 (金)

将棋A級順位戦スタート

 名人戦が終わり,A級順位戦が始まりました。わが谷川浩司9段は今期も調子が出ずに3勝6敗と信じられないような状況ですが,A級順位戦の初戦は丸山9段に勝ちました。ここ2年はA級順位戦の序盤は好調ですが,今年もそのようですね。しかし他棋戦では,ほとんど挑戦争いにからんでいないので心配です。
 将棋界は,羽生の牙城を,若手のホープである渡辺竜王と広瀬王位が切り崩そうとしています。また久保2冠も実力を着実につけています。今度の王座戦は,羽生対渡辺が実現し,大いに将棋ファンの関心を集めています。竜王戦では渡辺が羽生を撃退しましたが,王座戦は20年近く羽生は負けていません。ついに渡辺竜王が王座を奪取して2冠目を取るかが注目の的です。可能性は6割とみました。渡辺は,今期のA級順位戦は羽生と並んで,挑戦者候補の第1番手だと思います。挑戦権を得ると,相手は相性のよい森内名人なので,名人になる可能性が濃厚です。名人位が20歳代に戻るでしょうか。
 しかし,羽生2冠も負けてはいません。現在,広瀬王位に挑戦しています。広瀬王位が2連勝して驚きましたが,先日,羽生も1つ勝ちました。これからが本当の勝負でしょう。こちらは羽生の奪取の可能性が6割とみています。
 竜王戦の挑戦は,久保2冠と丸山9段のどちらかになりました。これから3番勝負となります。久保2冠は,渡辺竜王の棋王戦の挑戦を退けて実力を見せましたが,王座戦の挑戦者決定戦では敗れました。竜王を奪取して,一気に棋界の頂点にたどりつくチャンスかもしれませんね。渡辺対久保戦となると,これは激戦必至です。
 ところで,奨励会に入った里見香奈女流3冠は元気にやっているのでしょうかね。まだ1級ですが,初段⇒2段⇒3段⇒4段になってプロ棋士になれたらいいですね。

|

2011年8月 4日 (木)

人間ドック2011

 毎年恒例の人間ドックを受けてきました。健康に無頓着な生活をしているツケがどうなっているかを確認し,1年に1回反省する機会となるはずなのですが,結局,反省は一瞬だけというのが,いつものパターンです。今回も,当日すぐに結果がわかる範囲のものをみると,ちょっと拍子抜けしてしまいました。もちろん,悪玉コレステロール,中性脂肪,尿酸値,肝臓のγーGTなどは,すべて標準値を超えていて,決して良い数値ではありません。でも,いずれも昨年よりも数値は下がっていました。おかしいですね。そんなはずがないと思ったのですが。中性脂肪は,毎日飲んでいる通販で買ったお茶が効いているのかもしれません。今年ちょっと心配なのは,血糖値です。血糖は,ずっと標準でおさまっていたのですが,ついにそれを超えてしまいました。このままでいくと糖尿病となると脅かされました。まあ食事を改善して運動すれば,血糖は下がり,中性脂肪もコレステロールも改善するということはわかっているのですが・・・。来年こそ,劇的に数値を下げたいです。
 体重は昨年大幅に増えて,それを元に戻すことが目標だったのですが,1年経っても,全然変化がありませんでした。再び5キロ引き下げることを目標とします。腹囲も5センチ増えてしまいました。先月あたりからズボンがきつくなっていたので,予想していましたが,日常生活の質を下げるので,なんとか早急に改善したいです。
 血圧も過去数年をみていると,緩やかに上昇中です。来年あたりは,脳の検査もしてみようかと思っています。 
 それにしても,丈夫な身体に産んでくれた母親に感謝しなければなりません。母からもらったものを食いつぶしている放蕩息子という感じですね。

|

2011年8月 3日 (水)

夏休みに入りたい

 昨日,学部の労働法の期末試験が終わりました。さすがに学部では,LSと違い,途中放棄者が何人かいましたし,時間前に答案を出して退出する学生がいました。放棄者も途中退出者もいないLSの試験に慣れていたので,久しぶりの学部試験のこうした光景は懐かしかったです。学生はもう少しで試験をすべて終えて夏休みに入りますが,私たち教員は,この採点が終わらなければ夏休みに入れません。私は今年はLSと学部の二つの採点をしなければならないので,ちょっと気分が憂鬱です。
 しかし,それ以上に大変なのは,やはり原稿です。弘文堂の演習労働法は,だいぶん前からロングラストスパートに入っているのですが,ゴールが近づきそうで近づかない状況が続いています。これを早く片付けなければ,夏休み気分にとてもなれません。有斐閣から出す「法と経済」の本も,これももうゴール直前ですが,最後の一踏ん張りの時間がなかなか見いだせません。ただ,自分で言うのも何ですが,すごい本ができそうな予感がします。どちらも共著なので,私の責任も重大で,なんとかしなければと思っています。
 と言いながら,自分の単著のほうだけ,とっとと進めて申し訳ないのですが,明石書店から出す単行本は初校ゲラを終えました(でも2年以上待たせていたので,こちらを先に進めるのを許してください)。まだ書名は決まっていませんが,秋には店頭に並ぶ予定です。その前に,労働調査会から,『君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと』の改訂版が出るはずです。こちらはすでに私の手元を離れて刊行を待つだけです。有斐閣の『Live! Labor Law』の単行本化は,しょっちゅうブログで書いていて,気になっているのですが,労働者概念のところでストップしてしまっています。いろいろ考えているのですが,このもやもやを突破すれば,一気に進んでいけそうなのですが。これも過去に例のない面白い本をという意気込みは強くもっています。
 最近は,好きな読書も止めて,それに当てていた時間は,主として『就業規則からみた労働法』の第3版に向けた改定作業にあてています。この本を移動中はいつも持ち歩いて,通勤時間中などに本に直接に赤を入れ,それから研究室で確認すべきところを確認したあと,日本法令にファックスで送ったり,PDFファイルにしてメールで送るという方式でやっています。コピーにすると嵩張るので,本のほうが持ち運びが楽で,隙間時間の有効利用をしやすいです。お風呂でも作業しますよ。
 それぞれの本の作業は性格が異なっており,それにあてるのに適した時間というのも異なっています。だから一日に複数の作業を併行してやっているのですが,これはひょっとしたら大変非効率なやり方かもしれません。わかってはいるのですが,ずっと同じことをしていたら飽きてしまうのです。兎に角,早く本を完成させて,このブログで紹介できるようにしたいと思います。出版社へのお詫びも兼ねて,正直な進捗状況を書きました。

|

2011年8月 2日 (火)

第64回神戸労働法研究会(その2)

もう一人は,オランゲレルさんが,ノースアジア大学事件を報告してくれました。秋田地決平成22年10月7日労判1021号57頁です。大学教員が無期から任期付き雇用に変わった後に,雇止めにされたというケースです。大学教員にとってはドキッとする事件です。
 もともと秋田経済法科大学と呼ばれていた大学が2007年にノースアジア大学に変わるときに,教員全員を任期付きにし,成績評価を厳格にして,結果次第では再任用を拒否するという制度を導入しました。初年度は全員1年契約で希望者は再任用されましたが,その後は再任拒否される教員も現れていました。本件の債権者Xは通算7年勤務ですが,任期付きに変わった後は,1回更新されて2年目から2年契約となり,結局,再任拒否されました。
 この事件は大学教員の任期に関する法律(任期法)による任期の設定であり,労基法14条によるものではありません。任期法と労基法14条の関係についてはよくわからないところがありますが,いずれにせよ任期法による任期だからといって,再任拒否を争うことができないことにはならないというのが,本決定の重要な判示部分です。 
 Xは,初年度は6段階評価の上から4番目のAマイナス,次は3番目のA,そしてその次の年は最も低いC評価でした。これは大学の許可を得ずに高校にアンケート調査をして,准教授から講師への降格処分を受けたことが影響しています。そして,再任拒否されてしまったのです。
 本決定は,雇止め制限法理は,任期法による任期付き雇用の場合にも適用可能とし,本件では,Xには雇用継続の合理的期待があると判断しました。そして,Xに対する降格処分は本件では重すぎて相当性を欠くので,C評価も不当であり,それを理由とする再任拒否には合理的理由がないとして,結論として2年契約が更新されると判断されました(保全の必要性も肯定)。
 もともと無期で採用されて,事後的に有期に変えられたこと,教員全員が有期であることという本件の特殊性や再任可能期間の上限が設定されておりそこまでは雇用継続の期待が認められてもよいのではないか,という理由もあげて,オランゲレルさんは決定要旨相当としていますが,研究会では異論もありました。有期への切り替えにXらは同意しており,その後は1回しか更新されていない点が気になるところです。ただ有期への切り替え時に考慮期間は1週間もなかったことには問題もあり,この点の評価をどうするかが一つのポイントとなるでしょう。また,研究会では,成績評価が悪くなかったということから,雇用継続の期待が発生しうるのでは,という意見もありました(3回目の評価は,結局,裁判所によって誤りとされているわけです)。いずれにせよ,本件のような事案で,再任拒否であっさり雇用終了という結論には,いささか違和感が残るのも事実です。
 教員の成績評価にどこまで裁判所が介入できるかは一つの論点です。公正査定義務の議論となるでしょう。かりに裁判所が成績評価が違法であると判断できるとしても,成績がほんとうは良好であったとみるべきという理由で,裁判所が当然に更新を命じることができるわけではないでしょう。雇止め制限法理の前提である雇用継続の合理的期待がなければ,更新の強制はできないはずだからです。ただ,そうした合理的期待がないときでも,損害賠償による解決(金銭解決)はありうるところです。その額は問題となりえますが,本件では,そうした解決もあったかもしれません。
 ところで,もし本件のようなケースで任期付きへの切り替えを拒否していたら,どうなっていたでしょうか。就業規則の合理的変更であればできるのでしょうか。変更解約告知の問題となるのでしょうか。私たちも来るXデーに備えて理論武装しておく必要があるかもしれません。

|

2011年8月 1日 (月)

第64回神戸労働法研究会(その1)

 一人目の報告者は,神戸大学大学院生の金善女さんです。担当判例はメッセ事件(東京地判平成22年11月10日労判1019号13頁)です。大学院の講義でも扱った判決ですが,もう一回,研究会でやってもらいました。経歴詐称による懲戒解雇の事件ですが,その前提として,就業規則の周知も問題となりました。本判決は労契法7条の周知の要件とは何か,ということについての重要な判断を示しています。労働契約法施行通達では,7条の周知は,新たに労働契約を締結する本人への周知も求めていますが,本件では,そのような周知はしていないとみられる事案でした。本判決は,本人への周知は問題としておらず,私もそうした解釈も,立法趣旨とは違うものの,ありうるのではないかと思っています。他方で,少し前のブログでも書きましたが,約款規制との関係で問題となりうる,組入れ合意については,本件のように,処分時まで就業規則の存在も知らなかったとみられるケースでは,やはり問題としうるのかな,という気もしました。つまり,労契法7条を合意原則と整合的に解釈するならば,労働条件は就業規則によるという少なくとも黙示の合意が認定されるような事情は必要ではないかということです。本人への周知を要件とするならば

,黙示の合意が認められやすいので実際上の問題はないのですが,本判決のように本人への周知を要件としないとすると,やはり組入れ合意を要件とすべきという議論が出てきてもおかしくはないでしょう。私は本人への周知は不要だが,組入れ合意は必要とする見解が妥当ではないかと思います。これでも,もちろん結果として組入れ合意のときに本人への労働条件の開示は求められるので,むしろ企業には厳しい解釈となるのではないかと思います。仮に本件で就業規則の効力が認められなかったら,どうなっていたでしょうか。普通解雇ならできるのでしょうか(就業規則の効力はなく,解雇の限定はないので,民法627条と労働契約法16条だけの適用となるのか。それとも,就業規則の最低基準効は認められるとして,さらに限定列挙説に立ち,普通解雇事由の限定のところだけ就業規則が適用されるとみるのか)。錯誤や詐欺による労働契約の無効や取消の話にするのでしょうか。いずれにせよ就業規則の効力を否定すると,その後の処理が難しくなりますね。もっとも本件だけでいえば,1年の有期契約なので,期間満了まで待って更新拒否をすればよいだけということかもしれません。
 本件の経歴詐称については,犯罪歴を隠していたという犯罪歴詐称と,経営コンサルタントとしての実績がなかったという職歴詐称の両方が重なっていた事案ですが,就業規則が有効であることを前提とすると,研究会では,懲戒解雇を有効とするという結論には異論は出てきませんでした。そもそも,この労働者は70歳で温情で採用されたという経緯もあるのですが,いろいろ事実に違うことを言って温情を買っていたという面もあったのです。
 理論的には,経歴詐称を懲戒事由と認めるためには,財産的損害の発生やその蓋然性が要件となるかという論点があります。本判決は,信頼関係の破壊があれば,財産的損害は要件とならないと述べています。企業秩序の侵害という点では,確かに財産的な損害が必ずしもなくてもよいような気がしますが,信頼関係の破壊というだけでは,やや弱いような気もします。企業秩序というのは,要するに,多数の労働者が就労するという環境を整備する機能をもつものであり,他従業員の労働パフォーマンスに影響を及ぼすような場合にはじめて,その企業秩序の侵害があったというべきではないかと思います。本件では,実はそのような意味での企業秩序侵害はあった事例ではないかと思っています。
 もう一つの問題は,本件では関係ないのですが,時間的経過によって企業秩序侵害の程度は小さくなっていき,いわば経歴詐称という瑕疵が治癒するのではないかという点も関連論点として議論しました。これは経歴詐称が,職歴詐称か犯罪歴詐称か学歴詐称かによって異なってくるものでしょうし,個々の企業によって,その詐称がどの程度の企業秩序を侵害するかは違ってくるでしょう。一般論としては「治癒」の可能性はあり,それは処分時における企業秩序の侵害の程度によって左右されるということではないかと思っています。

|

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »