第4回文献研究
昨日は,前回に引き続き立教大学の竹内寿君が,労組法(不当労働行為法)上の使用者性について報告してくれました。今回も,たいへん勉強になりました。使用者性の問題は,ここでは,労働契約上の使用者以外のどこにまで拡張できるのか,ということが主たるものです。このほかにも,労働契約関係はないが時間的に近接している場合(採用前,退職後)も,どこまで使用者となるかという問題もあります。兵庫県労働委員会が扱った住友ゴム工業事件などは,後者の問題です。どちらも使用者概念の拡張ですが,後者は,主体としての拡張ではないので,議論の仕方は異なるでしょうね(前者の問題を,狭義の使用者概念の拡張問題と呼ぶほうがよいような気がします)。このほかに,不当労働行為後の組織変動があり,不当労働行為の主体と救済命令の名宛人が異なるということがどこまで許されるか(不当労働行為責任の承継),という救済命令の名宛人としての使用者性の問題もあります。竹内君によると,初期の議論は,この問題を,狭義の使用者概念の拡張問題と区別して論じていたが,近年では区別されず混同されているのではないか,ということでした。
使用者概念については,労働契約関係のあるかどうかを基準にする考え方,支配力説,対向関係説などありますが,今日でも,結局,これらの考え方がベースで,そこに若干のバリエーションをつけているだけというような気もしました。このあたりは,竹内君が最終的に,どう整理するか楽しみです。
さらに,狭義の使用者概念の拡張問題については,何と言っても,朝日放送事件最高裁判決が重要で,その判決以後は,同判決がどのような類型にまで及ぼされるのかという点が議論の中心になっていると思います。
また,派遣先の使用者性という問題も,少し議論しました。これまでの学説上の議論はまだ少ない状況であり,たとえば適法な派遣であれば,派遣先に使用者性がおよそ否定されてよいのか,というような点について議論をしました。いずれにせよ,合宿のなかで,静岡大学の本庄淳志君が再度,検討してくれる予定です。
このほか,労組法7条において,1号と3号のような反組合的意図を問う不当労働行為と,2号のようにそれを問わない不当労働行為とで,使用者性は異なりうるのかも気になるところでした。朝日放送事件最高裁判決は,統一的な使用者概念を立てており,事件自体は2号事件ではありましたが,あの枠組みは,1号や3号も意識したものであるから,どうしても限定的なものとなったという見方もできます。2号の使用者概念を別途に立てることができるという立場でいくと,もう少し広い使用者概念も可能かもしれません。このあたりも議論がまだ不十分なところでしょう。
私は,使用者性について,さまざまな客観的な事実要素から使用者性を認定していくのか(事実アプローチ),それとも帰責性などの規範的な評価を加えて認定していくのか(規範アプローチ),どちらの方法をとるべきかということについて,少し問題の指摘をしました(以前に黙示の労働契約論について議論をしたときの規範的意思解釈をどこまで許すのか,という点も,やや似た問題です)。具体的に念頭に置いているのは,団体交渉事項について,事実上の支配力や決定力があるということから切り離して,団体交渉に応じる「べき」かどうかを論じることが妥当かという問題です。たとえば,住友ゴム工業事件のような場合に,石綿問題について使用者が一定の責任を負うべきであるかどうかを,団体交渉の使用者性において考慮に入れるかどうかとい点です。あるいは,団体交渉に応じても,譲歩まで強いられるわけではないから,広く使用者性を認めてもよいのでは,という議論も,実は規範アプローチの一種とみることができそうです。私は,事実アプローチが妥当だと思っています。
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